回想シーンが終わり、北村が言う。「うれしいねー、この年になってまで、生徒の役に立てる」。そこで空を見上げ、「俺は幸せだー」と叫ぶ。わーはっは、わーはっはと笑う。

 認知症の老人が、空を見上げて笑うだろうか。笑うかもしれないし、笑わないかもしれない。だけど、伊東さんの笑いに、老いることの悲しみが集約されていた。立派な家に住み、亡くなった妻のために桃を買い、心配して訪ねてくる娘のいる北村。だが、寂しさを抱えている。笑う北村に、孤独の深さを思う。

 一方で北村は、娘には強い言葉を吐く。「おまえはそうやって俺がボケてると思うから、まるっきり信じない」と不愉快そうに言う。だが、地面師の捜査をする今宮には「刑事さん、俺、やっぱりボケたのだろうか」と心細げにつぶやく。「わーはっは」までの途中途中の台詞が、プライドと不安の間を行き来する老人の心を映す。伊東さん、すごかった。

 と、心が伊東四朗に持っていかれていた昨今、ラジオを聞いていて「土曜の伊東四朗さんのラジオ」があることを知った。詳細は省くが、赤江珠緒さんの「たまむすび」(TBSラジオ)で「ラジオの好きな小学生」がテーマになった。小6の息子がラジオっ子だとメールをしてきた女性が、「息子がラジカセで聴いている番組」としてあげていたのだ。

 そこで、聴いてみました、伊東さんのラジオ。伊東さんと吉田照美さんがパーソナリティーをつとめる「親父・熱愛」(文化放送)。「熱愛」は「パッション」と読む。吉田さんが安倍政権のダメさをビシビシ語り、伊東さんが相槌を打ったり打たなかったり。メール(ファックスはもちろん、電話受付もある)は2人で読む。

 その日、伊東さんが読んだのが、「母親から借金300万円があることを告白された」という男性からのメール。「聞いた時、逆に笑ってしまった」という内容に、伊東さんが「ハハハ、ハハハ」と息子になりかわり、力弱い笑いを再現した。ラジオを通して伝わる、息子の驚愕と脱力。伊東さんの笑い、さすが過ぎる。

 それにしても、この番組を毎週聴いているというラジオっ子の小学6年生、渋いぞ。そんな男子がいる日本、まだまだ捨てたもんじゃないぞ。そんなふうにさえ思う、秋の初めの伊東四朗日和だった。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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