現在82歳。伊東四朗(c)朝日新聞社
現在82歳。伊東四朗(c)朝日新聞社

「フルーツ宅配便」(テレビ東京系)が最高だ、映画『孤狼の血』の監督だから、とキッパリ言っていた友人がいるのだが、彼女から学ぶべきは「気に入った作品つながりで攻めよ」だと思う。

【写真】「デンセンマンの電線音頭」を一緒に歌った盟友・小松政夫

 となると、「サギデカ」(NHK)は当然攻めるべき。なぜなら「きのう何食べた?」(テレビ東京系)の脚本家だから。安達奈緒子さん、ありがとうございます。きの食べ、大好きでした。そしてサギデカ、この夏に見たドラマで一番です。

「サギデカ」の舞台は警視庁捜査二課・南新宿分室、ヒロインは詐欺を追う刑事・今宮(木村文乃)。彼女の犯罪を憎む気持ちの裏側にあるものが3話で明らかになったが、そちらは置いておいて伊東四朗さんを取り上げたい。

 2話で、元高校教師・北村を演じた。認知症の症状が出ているが、まだしっかりしたところも残っている。そういう役だった。絶品だった。私は伊東さんの演技を通じ、認知症当事者の恐怖と苛立ちを初めて実感できた気がした。

 北村は、地面師グループの手下にされる。教え子だった原田(筒井真理子)に「とても困っている。助けてほしい」と言われたからだ。彼女を助けたいだけで、誰かを騙しているなどとは思ってもいない。住所や生年月日を覚え、原田の父になりすます。

 生年月日は無事に言えたが、干支を聞かれ「寅」と言ってしまう。北村自身の干支だろう。「子」ではないかと言われると「トラと言っているのだ、ネズミが嫌いだから」と切り返す。そのような知力と気力は、残っている。

 一方でその日、原田と待ち合わせた場所を忘れてしまう。大きなペデストリアンデッキ(歩行者通行専用の高架)で突如方向を見失ったことが、効果音と伊東の演技でわかる。ここがどこか、どこへ行くのか。どちらもわからないのだと、わかる。呆然と道路を見下ろして、ふらふらと歩き出し、誰かとぶつかって立ち止まり、また歩き出す。口が開いている。

 そこに今宮が通りかかる。「そんな偶然、あるかよ」感が全くないのが、安達さんの腕。「どうかされましたか」と聞く今宮。「あ、すいません、私、そのー、ちょっと、行くんですけど」と答える北村。そこに原田が現れ、「北村先生、あっちです」。「あー、そうだった、間違えちゃった、すまん」と言い、今宮が「お気をつけて」と言うと、「はーい」と応じる。

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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まさに「スーパー老人」