2017年度の本屋大賞2位になり大きな話題を呼んだ『みかづき』から約3年ぶりに、作家の森絵都氏が新作長編『カザアナ』を上梓する。その刊行に際しての今の思いを森氏本人が綴る。

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 ときどき、現実の世界に架空の何かを引っぱりこみたくなる。

 たとえば、『カラフル』という小説に胡散臭い天使を登場させたように。『ラン』という小説であの世とこの世を行き来する自転車をモチーフにしたように。ファンタジーの世界そのものを描くのではなく、あくまで舞台は現実の人間社会に据え、そこにファンタジーのかけらを紛れこませる。なぜそのような設定に心惹かれるのか。その理由も今ではわかっている。一粒で風味を一変させるスパイスのように、異質な何かが一つ加わるだけで、人間社会は抜群に風通しを良くするのである。

 このたび上梓する新作『カザアナ』に「風穴」なる架空の種族を登場させたのも、まさに風を喚びこむためだった。

 平安の昔、伝統や作法に縛られ鬱屈していた貴族たちが愛でた異能の民、風穴。当時のヒエラルキーから突き抜けていた彼らは、いわゆる無縁の人々であり、その特殊能力をもってして貴族たちを楽しませ、また、時に助ける。彼らには自然と交感する力がある。たとえば、空を読んで天気を当てる空読。風を読んで方様の吉凶を当てる風読。月を読んで運勢を当てる月読――。

 実在しない人々を頭の中で創りあげるのは楽しいことだ。が、同時に不安なことでもある。根のない植物を育てているような心許なさが常につきまとう。大地にどんと根付かせるべく重みをどうにかして風穴に与えられないものか。悩んだ末に私は考えた。読者に「風穴は本当にいた」と感じてもらうには、本当にいた歴史上の人物と彼らを絡ませればいいのではないか。

 しかし、誰を? そこには幾つかの条件があった。のちに台頭してくる武士から風穴を庇護できるだけの地位と財力を持っていること。そして、風穴たちの特殊能力を戦に利用しないこと。となると、相手は庶民ではなく貴族、それも高位の宮廷人に限られてくる。

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当世の社会通念を超えた自由な発想