大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医
大塚篤司/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医
※写真はイメージです(写真/getty images)
※写真はイメージです(写真/getty images)

 誰しも子どもの頃、転ぶなどしてすり傷をつくった経験があるでしょう。そんなとき、どうするのが正しいのでしょうか? 京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、皮膚科医になって、それまでの対処法が間違っていたことを知ります。

*  *  *

 私の地元、千葉県佐倉市は静かな田舎町です。小さな町ですが、読売ジャイアンツの終身名誉監督である長嶋茂雄さんやダンシング・ヒーローで再ブレークした荻野目洋子さんなど、何人もの有名人が輩出しています。京成佐倉駅の近くにある国立歴史民俗博物館は、見ごたえのある展示が多い施設で、幼少期はなんども足を運びました。当時館内に展示されていた地獄絵図は、小学校低学年の私にはインパクトが強くとても怖かった記憶があります。

 国立歴史民俗博物館は自然に囲まれた場所に存在します。佐倉市には山や森がいまだに多く残っており、私が住む実家の近くには小さな裏山がありました。その裏山は線路沿いの小さな道と面しており、私はよく山に登り秘密基地をつくって遊んでいました。草木をかき分け、急斜面を登ると子ども数人が座れる小さなスペースがあります。家からビニールシートやおもちゃなどを持ち込み、時に「つちのこ」を探して遊びました。

 秘密基地では泥だらけになり、たまに転んだり枝に引っかかったりし、ケガをして家に帰りました。当時、傷は赤チン(マーキュロクロム水溶液の俗称。赤いヨードチンキの意味で使われているが成分はマーキュロクロム水溶液)を塗ってばんそうこうを貼り、お風呂では濡らさない。傷が乾いたらばんそうこうを剥がし、あとは乾燥させておけば治る。かさぶたは剥がさない。そう教わりました。ところが皮膚科医になって、これらは間違っているということを学びました。

 まず、ケガをしたら傷をよく洗います。ついつい消毒をしてしまいがちですが、傷口についた汚れを洗い流すのが最初です。このとき、水道水で問題ありません。日本の水は、煮沸しなくとも飲めるほどきれいです。しっかり汚れを洗い流してください。できれば石鹸を使い、十分に泡立て丁寧に洗いましょう。傷口から感染を起こさないように、異物や汚れを落としてください。ゴシゴシ洗う必要はありませんが、小石や小枝が傷の中にはいっている場合は病院でとってもらったほうがいいでしょう。

 次に、傷口を乾かさないのが大事です。傷ができるとその部分には創傷治癒(そうしょうちゆ)に働くいくつかのたんぱく質が放出されます。これらが傷の治りを早めてくれます。湿潤療法と呼ばれる方法で、キズパワーパッドなど薬局で購入できる保護材もあります。数日間、貼りっぱなしにするだけの大変便利な製品です。

 湿潤療法は手頃ですし効果は抜群ですが、落とし穴があります。

 今から約10年前、床ずれに湿潤療法が使われ始めました。なかでもラップ療法と呼ばれる治療法が人気を呈しました。ラップ療法とは、傷口をよく洗い食品用のラップで覆うことで傷を治療する方法です。モイストヒーリングや潤い療法(うるおい療法)などと民間療法で呼ばれるものも理論は同じです。今でもラップ療法で傷を治す医者は多く存在します。もちろん、うまくいけば治るのですが、私は病院でうまくいかなかった多くの症例を経験しています。

 ある80代のおじいさんは、左足のスネをケガし、近くの医者でラップ療法を実践されていました。1週間ほど経過し、傷の周囲に痛みが出たと病院を受診。私が診察をしたときには、傷から感染を起こしていました。傷口に白く覆いかぶさった壊死組織(えしそしき。死んだ皮膚のこと)の下には、細菌感染で溶けた皮膚の空洞が広がっていました。早く治そうと思って実施したラップ療法が、感染を拡大させ大きなキズをつくった症例です。この患者さんはその後、何カ月もかけて傷を治しました。

 ほかにも、皮膚移植などの手術が必要な深さの傷をラップ療法で治そうとしてこじらせてしまう患者さんを見かけます。

 こういった経験を踏まえて、感染があるかどうか区別できない素人がラップ療法を行うのはとても危険だと個人的に考えています。

 発赤、熱感、腫脹(しゅちょう)、疼痛(とうつう)の四つを伴うのが感染です。赤く腫れ、熱を持ち、痛みがある場合、感染を疑います。こういった症状のある傷に閉鎖性の高いラップ療法は大変危険であると記憶しておいてください。また、釘を踏んだとか犬に噛まれたなど、野外でのケガは破傷風(はしょうふう)の危険があるので、自宅でのラップ療法はやめてください。

 皮膚科専門医の多くは、傷口を清潔に保ち感染に注意しながら湿潤療法で傷を治します。ドレッシング材と呼ばれる創傷部位を湿潤に保つ特殊な製品を使います。現在、多くのドレッシング材が開発されており、傷の大きさや状態で使い分けています。比較的大きな病院には床ずれのケアができる専門看護師がいます。皮膚・排泄(はいせつ)ケア認定看護師であるWOCナース(ウォックナース)と呼ばれる方々です。褥瘡(じょくそう)以外にも皮膚のトラブルに関しての専門家であり、皮膚科の心強いパートナーです。

 私は感染のリスクのある傷口は、無理に湿潤密閉療法を行いません。抗菌作用がある外用剤(ゲーベンクリームなど)を用いて、湿潤環境を保ちながらこまめに傷口をチェックし治療を行います。抗菌作用のあるクリームを使っていれば、消毒する必要はほぼありません。消毒は反対に傷の治りを遅延させます。

 かさぶたも大きなものになると、傷の治りを遅くします。かさぶたがあるせいで傷が治らない患者さんもいます。そのため、病院ではデブリ(デブリードマン)といって、かさぶたを含めた死んだ組織を取り除き、健康な皮膚が回復してくるのを促す治療を行います。その他、外科的な処置が必要なケガや熱傷など、ラップ療法では悪化してしまう場合もあります。必ず専門の医者を受診してください。

 以上のように、小さな頃に親から教わった傷を治す方法は、現代ではまったく反対の方法が正しいとされています。また、やみくもにラップ療法を行うことは大変危険で、感染のリスクがある傷には、慎重に傷口を確認する必要があります。今回は、一般の方がアップデートに遅れそうな傷の治療についてまとめてみました。まずは、ケガをしないように注意するのが大事ですね。

著者プロフィールを見る
大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

大塚篤司の記事一覧はこちら