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ゴーン氏逮捕、解任でも結局、日産は刑事責任を取らざるを得ない

連載「経済プリズム」

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安井孝之dot.#安井孝之
カルロス・ゴーン氏(c)朝日新聞社

カルロス・ゴーン氏(c)朝日新聞社

Gemba Lab代表 安井孝之(やすい・たかゆき)
/1957年生まれ。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京、大阪の経済部で経済記事を書き、2005年に企業経営・経済政策担当の編集委員。17年に朝日新聞社を退職、Gemba Lab株式会社を設立。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある

Gemba Lab代表 安井孝之(やすい・たかゆき) /1957年生まれ。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京、大阪の経済部で経済記事を書き、2005年に企業経営・経済政策担当の編集委員。17年に朝日新聞社を退職、Gemba Lab株式会社を設立。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある

 西川氏はゴーン氏が日産とルノーの経営トップとなった2005年が分岐点だと考えているようだ。ゴーン氏はリバイバルプランを断行し、日産はV字回復を果たす。日産の経営再建にとってゴーン氏の手腕が評価され、ゴーン氏なしには日産の再建は不可能という評価が社内外で定着した。そして名実ともに2005年、ゴーン氏は日産とルノーの実権を握ったのだ。

 一般的なビジネスパーソンが、実績を残し、権力についた経営者に刃向かうことは難しい。倒産さえも一時はささやかれた日産をゴーン氏が再生したのは事実である。コストカットをしすぎて新しい技術開発ができないと社内で不満が出たこともあったが、結果を出していたゴーン氏に真正面から立ち向かう経営陣は少なかった。ゴーン氏が経営トップにいつづけることが日産の市場からの信用を高めたと言える。

 ただゴーン氏自身が約束した世界シェア8%などの経営目標を下回ることがあっても責任をとらず、最近は徐々にゴーン氏への不満が社内に高まってはいた。

 だが、長きにわたって日産の幹部社員らは「ゴーン頼み」となり、ゴーン氏の決断を待ち、ゴーン氏との関係を強めることが出世の鍵となった。日産のCEOの座をゴーン氏から引き継いだ西川社長もゴーンチルドレンの一人だった。今回逮捕された代表取締役のグレッグ・ケリー氏もゴーン氏の最側近として社内の影響力を高めた人物である。

 権力がゴーン氏に集中し、取り巻きたちがすり寄ってくる。日産、ルノーのグループが三菱自動車とも提携し、グループの規模がフォルクスワーゲン、トヨタ自動車、GMという世界3大メーカーに食い込んだ2017年。「もう量的なハンディキャップはなくなった」と世界最大水準の企業群になったことを自ら誇った。

 人の意見に耳を傾け、戦略を決め、決めたら断行する、という2005年までのゴーン氏の姿は自分自身に対する全能感を持ち始めてから、側近だけの意見で良しとする経営者へと変わっていったのだろう。それにつれて会社のお金と自分のお金との峻別もつかなくなり、「私欲」が膨らんだ結果が今回の事件を起こしたのだろうか。


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