難治がん指摘から2年9カ月… 「死ぬ死ぬ詐欺」を考える (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がん指摘から2年9カ月… 「死ぬ死ぬ詐欺」を考える

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

樹木希林さん (c)朝日新聞社

樹木希林さん (c)朝日新聞社

 1年たっても下降線をたどる生存率。自分はそれにあらがうように、目の前に次々現れる壁を乗り越えようと、1日1日を過ごしている。

 だが時間がたつにつれ、お見舞いがぐっと減るなど、周りとの温度差がどうしても出てくる。病気をめぐる苦難・苦闘をコラムにいくら書いても、周りには「死ぬ死ぬ」と騒いで同情をだまし取ろうとしている「詐欺」に見えてしまうのでは、と疑心暗鬼が生じてくるのだ。生きながらえれば「騒いでいただけでやはり大したことはなかったのだ」と誤解されやしないか。そんなふうに頭が働いてしまうのだ。

 7月にスタンダップ・コメディーの舞台に上がった時もそうだった。体調が悪くなれば土壇場で遠慮させていただくつもりで本番に臨んだが、そうした目立つできごとがあれば「もう体は大丈夫なのでは」と周りは当然みるだろう、と想像してしまう。

 実際には舞台を挟んだ4月、9月にそれぞれ「命が危うい」局面があったにもかかわらず、心のどこかで他人の視線を気にして、コラムで体調に触れることに後ろめたさを感じてしまうのだ。

 もちろん、それを解消したいからといって「さっさと死にたい」とは思わない。しかし、「実際に死んでようやく『死ぬ死ぬ詐欺』ではなかったと理解されるのだろうな」と感じたことはある。

 だが考えてみれば、そうして他人の目を意識することに意味はないのだ。

「命が危うい」局面を脱した時に喜んでくれる人ならば、同情や心配を「だまし取られた」とは思わないだろう。逆に「心配して損した」という人が万が一いたとして、その人の目を気にする必要があるだろうか。

「死ぬ死ぬ詐欺」は樹木希林さんのように、軽口に使うぐらいがちょうどいい。性格とはいえ、重苦しい方向へ考えてしまう自分にあきれるばかりだ。

  ◇
 今月20日。13回目の入院生活は28日目を迎えた。食事は全面禁止が続いており、口にできるのは水分とアメ、塩だけだ。散歩は誰かが付き添えば、同じ階に限って許されているものの、忙しい看護師に付き添いを頼むのはしのびない。結局、夕方、仕事帰りの配偶者と2人でしゃべりながら回廊をぐるぐる回ることになる。


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