1000試合登板…鉄腕岩瀬は中日黄金期の『真のエース』だった【喜瀬雅則】 (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

1000試合登板…鉄腕岩瀬は中日黄金期の『真のエース』だった【喜瀬雅則】

このエントリーをはてなブックマークに追加
喜瀬雅則dot.
1000試合登板を達成して、お立ち台で涙ぐむ中日・岩瀬 (c)朝日新聞社 

1000試合登板を達成して、お立ち台で涙ぐむ中日・岩瀬 (c)朝日新聞社 

 厳密に言えば「1000試合登板」の金字塔の中に、日本シリーズの登板はカウントされていないから“記録外”の話になるのかもしれない。それでも、岩瀬仁紀という鉄腕左腕の凄さを語る際に欠かせない一戦と言えば、中日が日本一に輝いた2007年の日本シリーズ第5戦を挙げないわけにはいかない。

 勝てば日本一という大一番で、先発・山井大介が8回までパーフェクト。史上初の「日本シリーズ完全試合」という快挙が目の前に迫り、ナゴヤドーム全体が異様な空気に包まれていた。歴史の目撃者になれるかもしれない。その興奮が盛り上がってくる。ナゴヤドームの記者席はバックネット後方にあり、その裏にはテレビモニター付きの記者控室がある。投手の投球コースなどをじっくり見たいときには、球場全体が見渡せる記者席ではなく、その部屋でモニターを見る記者も少なくない。それでも、9回表の日本ハムの攻撃前、記者控室にいた記者たちが一斉に立ち上がって「やっぱり、大記録は生で見ないといかん」。ネット裏の記者席に向かおうとしていた。

 私を含めた当時の中日担当、通称ドラ番記者たちはその姿を見ながら、互いに目配せしていた。試合途中から、顔を合わすたび、誰に問われるでもなく、こうつぶやいていた。

「監督、パーフェクトが続いていても代えるだろうな、岩瀬に」

 案の定……だった。

「ドラゴンズのピッチャー、山井に代わりまして、岩瀬」

 いつもなら、そのアナウンスが流れた瞬間に、勝利を確信したスタンドから大歓声がわき起こるのだが、この日ばかりは違った。落胆のため息が漏れ、そして53年ぶりの日本一を達成した後も、落合采配を巡る世間の議論はかまびすしかった。

「投手の気持ちが分かっていない」「ファンが見たいという期待を裏切った」。批判派が多数だった。そんななかで、番記者たちは“落合方針”が分かっていたから、代えると予測できたし、代えたことにも違和感がないどころか、指揮官の信念すら感じたものだ。ただ、その前提にあったのは、岩瀬という守護神への“絶大の信頼感”だった。



トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい