難治がん患者として生きる自分を導く、言葉の「ニンジン」とは (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がん患者として生きる自分を導く、言葉の「ニンジン」とは

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

強風にも負けず、24日朝に花開いたアサガオ。読売新聞の記者だった知り合いにもらった苗を、配偶者が庭先に植えた

強風にも負けず、24日朝に花開いたアサガオ。読売新聞の記者だった知り合いにもらった苗を、配偶者が庭先に植えた

 うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は、めぐる季節に思う、変化していくことの意味について。

【強風にも負けず、24日朝に花開いたアサガオはこちら】

*  *  *
 秋風が吹いた。

 自分にとって最後かもしれない夏が終わったのか。

 あるいは、味わえなかったかもしれない秋を迎えられたのか。

 つまり、さみしさと喜び、どちらに身を委ねればいいのか。

 季節の変わり目は私を戸惑わせる。

 台風が近づき、去ったと思った夏がよみがえった8月23日。久しぶりに、食べたものを洗いざらい吐いた。自宅の最寄り駅の駅ビルで、常に手元に用意してあるスーパーの袋に頭を突っ込み、胃が裏返るほどに吐き切った。落ち着いたのもつかの間。新たな波が押し寄せ、多機能トイレで便器を抱えた。

 駅前から自宅まで、初めてタクシーに乗った。料金は身体障害者手帳の1割引きで360円。それだけの距離が遠かった。車を降りると、座席を汚さないように握りしめていた2袋目がカサカサと風に鳴った。

 想像するに、昼時をかなり回って食べた揚げ物が犯人だろう。「油が悪い」。店を出たところで配偶者と見つめあった。疲れ切った体に、それがだめ押しになった。

 体調は戻るのか、さらに悪くなるのか。ぼんやりとしていた夜半、「これで毒が出たのだ」と急に感じた。ふっと浮かんだ考えは体の実感から来ていることが多い。予想通り、体調は回復へとかじを切った。

 日々を生き抜くための理屈も、こうした実感と混然一体となって生まれたり、消えたりする。

 先日も、自分では忘れていた発言を知り合いから指摘され、久しぶりに思い出す経験をした。昨年11月に出演したインターネットTV「AbemaTV」の番組で述べたことだ。おそらく当時、知り合いが見舞いに来るたびに話し、自らに言い聞かせていた理屈なのだろう。



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