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「お騒がせ助っ人」も登場…MLB公式サイトが選ぶ“ドラフト外”で成功した選手

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石原幸晶dot.

ダイエー時代のミッチェル (c)朝日新聞社

ダイエー時代のミッチェル (c)朝日新聞社

 日本のプロ野球ではレギュラーシーズン終了後の毎年10月に開かれるドラフト会議だが、海の向こうメジャーリーグではシーズン真っ只中の毎年6月に実施され、今年は現地4~6日にかけて行われた。日本では1日で完了するドラフト会議であるが、メジャーリーグでは選手の数も膨大で数日にまたがって開催される。

 昨年は延べ1215名の選手が指名されるなど、日本では考えられない数のプレイヤーが毎年プロへの第一歩をドラフトを経て踏み出すのが通例だ。だが、そんな多くの選手が指名されるアメリカでも、ドラフトで指名を受けることなくプロ入りを果たす選手も少なくない。

 そして、今年のドラフト会議が行われた初日の6月4日、メジャーリーグ公式サイト『MLB.com』の『Cut4』はドラフトを経ずプロ入りを果たした選手で構成された“ドラフト外ベストプレイヤー”を発表された。

 ここに日本のプロ野球ファンなら、懐かしい名前が登場している。

 まず、レフトには1995年に現役メジャーリーガーとして鳴り物入りでダイエーに入団したケビン・ミッチェルが選出されている。日本では、金銭問題などでトラブルを起こした“お騒がせ助っ人”として有名なミッチェル。しかし、メジャーでは主にサンフランシスコ・ジャイアンツなどで13年間プレーし、通算で打率.284、234本塁打、760打点の好成績をマーク。1989年には47本塁打、125打点で二冠王に輝き、ナ・リーグのMVPとなった名選手だった。

 これほどの成績を残したミッチェルが、なぜドラフト会議で指名されなかったのか。その理由は、高校時代にはあまり野球をプレーせず、アメリカンフットボールやボクシングなどに熱を上げていたからのようだ。その後、友人の説得もあり、1980年にニューヨーク・メッツのトライアウトに参加。守備ではサードを任され、不注意から外野手からの返球を額に受けるなど“失態”を披露してしまったようだが、打席に立つやいなやスカウト陣の目に留まり、見事プロ入りを勝ち取った。



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