3度エベレストに登頂した三浦雄一郎が、20年以上も高校の校長も務めているワケ (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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3度エベレストに登頂した三浦雄一郎が、20年以上も高校の校長も務めているワケ

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熊谷わこdot.#教育
普段から低酸素室でトレーニングに励む三浦雄一郎さん(撮影・東川哲也=写真部)

普段から低酸素室でトレーニングに励む三浦雄一郎さん(撮影・東川哲也=写真部)

 ところが期待に胸ふくらませて参加した合宿は、雪が降りしきる悪天候の山中を山形から仙台まで移動するというハードな内容で、学校なんかよりはるかに厳しい。生きるか死ぬかの体験をした結果、自分はなんて小さなことでクヨクヨしていたんだろう、世の中にはもっとつらいことがいくらでもあるんだと思い知らされました。楽しいけれど命がけの厳しさを知ったことで、乗り越えることができたんですね。 

 プロスキーヤーや登山家として活動するようになってからも、幾度となく挫折を経験しています。53歳で世界七大陸最高峰の滑降を成功させたあとには目標を見失い、体重85キログラムのメタボになって血圧は200 まで上がって、家の裏山も登れなくなりました。そこから新たに70歳でエベレストに登頂しようという目標を立て、鍛え直して世界記録に挑戦したんです。途中でつまずいたとしても、いつからでも何度でもやり直しはできることを証明できました。

――校長就任以降、自ら夢を持ちそれを成し遂げようと挑戦する姿を生徒たちに見せ、メッセージを発信し続けてきた。 

 ほとんどの生徒は「今、校長はこんなことをやっているのか」「高齢なのにまだまだ頑張っているんだ」などと関心を持ってくれます。自分も何かやってみたいとやる気を起こす生徒も少なくありません。これまで車椅子に座ったまま富士山登山に一緒に挑戦した生徒もいました。2001年には、3年生だった生徒が「ヒマラヤに行きたいです」と登山に同行し、世界最年少登頂記録を樹立するという快挙を成し遂げました。

 そんな歴史に残るような大きな挑戦でなくてもいい。大学進学でも語学でもダンスでも音楽でも、好きで打ち込めるものを見つけることが、生涯を通じて心の糧につながっていくのではないでしょうか。好きなことを見つけるには、さまざまなことを体験する必要がありますから、そのための多彩なコースも用意しています。同じ時間を過ごすなら、力強く明るく楽しく生きてほしい。


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