普段から低酸素室でトレーニングに励む三浦雄一郎さん(撮影・東川哲也=写真部)
普段から低酸素室でトレーニングに励む三浦雄一郎さん(撮影・東川哲也=写真部)

 2013年に80歳で3度目のエベレスト登頂を果たし、世界最高齢登頂記録を持つ三浦雄一郎は、1992年の開校以来、北海道に本校を置くクラーク記念国際高等学校の校長を務めている。プロスキーヤーとして活動していた三浦に校長就任を決意させたものは何だったのか。アエラムック『クラーク記念国際高等学校 by AERA』(朝日新聞出版)で語った、意外な理由とは。

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 30年ほど前だったでしょうか。不登校児が増えて社会問題になっていた時期で、創志学園理事長の大橋博さんから、「そうした子どもが再チャレンジできる高校をつくりたい」という話を聞き、校長就任を打診されました。大いに共感しましたが、学生時代、学業をサボってばかりの私にそんな大役は務まるはずがありません。自分には資格はないと、断ったんです。

 しかし「校長室で事務を執る校長になってほしいわけではない。夢に向けて苦しくてもあきらめない三浦さんの姿を子どもたちに見せてください」と言われ、心が動きました。生きざまとしての三浦雄一郎という存在が高校生活を一度はあきらめた子どもたちの励みになり、精神的なシンボルになるのなら、と。一般的な高校で校長室に座っているような校長であれば、引き受けなかったでしょう。

――生徒たち一人ひとりがあきらめずにやる気を出し、挑戦してほしい。そう願うのは、自身も数々の挫折を乗り越えてきたからだ。 

 実は私は小学校4年生のときに、不登校を経験しています。親父が公務員で2~3年ごとに転勤していたため、それに合わせて頻繁に転校せざるを得なくてね。それまで田舎の山の中で自由に遊んでいたのに、仙台市内の勉強熱心な子どもたちが多い小学校に転校し、とたんに落ちこぼれました。学校が嫌で嫌で……。病気になったら学校に行かなくて済むと考えていたら、不思議なもので本当に小児結核にかかって入院することになってしまったんです。最初は喜んでいましたが、入院生活も長くなると飽きてくる。そんなときに、東北大学の山岳部員にスキー指導をしていた親父が「退院できたら蔵王のスキー合宿に連れて行ってやる」と持ちかけてきてね。楽しそうだ、これは病気なんかしていられないと頑張って、退院しました。 

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