「難治がん」の記者 入院生活で考えた「まだ書き残していること」はなにか? (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「難治がん」の記者 入院生活で考えた「まだ書き残していること」はなにか?

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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<写真キャプション>
野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

<写真キャプション> 野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

ブログに激励のページを作ってくれた三浦良さんによるコラムの紹介(左)と、入院を心配してメッセージをくれた村本大輔さんのツイート

ブログに激励のページを作ってくれた三浦良さんによるコラムの紹介(左)と、入院を心配してメッセージをくれた村本大輔さんのツイート

22日間の入院生活を終え、病院から自宅に向かう筆者。思わず笑顔がこぼれる。5月11日、東京都内

22日間の入院生活を終え、病院から自宅に向かう筆者。思わず笑顔がこぼれる。5月11日、東京都内

 コラムで取り上げるテーマとは関係ない。書き出しからラストまで、内から突き上げてくる攻撃性に持っていかれるように一気に書き上げる。夜にベッドでアイデアが浮かび、まんじりともすることなく1、2時間で書き終えることもざら。気づいたら感情の高ぶりにハアハア言っていたり、意味不明な涙が流れていたりすることがあった。

 なにが自分をそうさせるのか。

 心理学者フロイトの「人はなぜ戦争をするのか」や、歴史上の暴政をめぐる本を読んでも、答えは出なかった。

 それが、コラムを通じた人とのつながりが育ち、SNSでの付き合いが実社会にはみ出してくるうちに、影を潜めた。そして、今回の入院に寄せられた激励で決定的となった。

 体調を崩した結果、世の中が明るく感じられるとは、おかしなものだ。

 コラムを一気に書き上げる燃料が失われたのは惜しい。

 しかし、幸せだ。

  ◇
「誰かのために役立つならば命を捨てられる」との思いは、配偶者の悲しむ顔が思い浮かび、すぐに打ち消した。

 だが世の中には、そんな感情が入り込む余地もなく、他人のために命を投げ出す人たちがいる。自衛官、警察官、消防士。とりわけ自衛官は、2015年に安全保障関連法制が成立し、任務の幅が大きく広がった。そのことへの賛否とは関係なく、「日常」は安全保障の網でカバーされている。

 自衛官を乗せて出港する船を家族が港で涙ながらに見送る――。そんなニュースをごらんになったことはないだろうか。

 家族があり、笑い、泣く人間同士が、そこでは命を危険にさらす側と、守られている側に分かれている。

 こちら側とあちら側では、「友達」の意味合いも違う。

 私にとっては、スマートフォンの操作一つでつながり、世の中を明るくしてくれる存在だ。

 これに対し、あちら側では、時に「命」を預け合い、ことあらばともに危険に飛び込む相手となる。

 知り合いの自衛官は「1人で困難を乗り越えることは不可能。過酷な時ほど友、仲間が必要かつ大切。友の助けで何度も救われてきた。だからこそ、友のために自分ができることはやろうと思う」という。


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