浪人の海堂尊を千葉大医学部に合格させたカリスマ講師たち (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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浪人の海堂尊を千葉大医学部に合格させたカリスマ講師たち

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海堂尊(かいどう・たける)/1961年、千葉県生まれ。千葉県立千葉高等学校卒業後、駿台予備学校を経て千葉大学医学部に入学。2005年、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、翌年『チーム・バチスタの栄光』として出版。現在は作家活動に専念(撮影/関口達朗)

海堂尊(かいどう・たける)/1961年、千葉県生まれ。千葉県立千葉高等学校卒業後、駿台予備学校を経て千葉大学医学部に入学。2005年、第4回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、翌年『チーム・バチスタの栄光』として出版。現在は作家活動に専念(撮影/関口達朗)

『チーム・バチスタの栄光』をはじめ、数々のミステリー小説を発表する作家でありながら、医師としても活躍してきた海堂尊さん。浪人時代は、医学部合格を目指して猛勉強する一方で、予備校周辺の古本屋やジャズ喫茶を訪れていた。現在発売中の「駿台予備学校 by AERA」(朝日新聞出版)からお届けする。

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 人気作家として知られる海堂尊さん。現在は執筆活動に専念しているが、過去には外科医、病理医として最前線で活躍していた。

 高校3年のとき、「人間を勉強したい」と思って医師を目指すようになった。しかし好きだった剣道を夏まで続けた結果、受験勉強に出遅れて現役合格には届かなかった。通っていた高校から薦められた海堂さんは、駿台予備学校への入学を決めた。

「当時、お茶の水の校舎(現・お茶の水1号館)の隣に立ち食いそば屋があって、よくそこへ天ぷらそばを食べに行きました。ちょっと濃いめの味でしたが、慣れてくると、その味じゃないと満足できなくなる。あのだしの匂いと味は、いまでも駿台時代の思い出の一部分です」

 先の見えないあせり、授業中に味わった高揚感、休憩時間に街を散策したときの解放感。お茶の水校周辺を歩くと、さまざまな思いがあふれ出す。

「駿台を卒業した後も、そんな気分を味わいたくて、何度も足を運びました」駿台では、苦手科目だった数学を中心に物理、化学、英語、古文と受験に必要な科目を受講し、自宅のある千葉から2時間かけて通学した。

「当時は講師のことを『師』と呼んでいました。それを、なんだかとてもかっこよく感じたのを覚えています」

 数学の授業で、ある講師から「これをマスターすればどの大学でも合格できる」と薄いテキストを渡された。

「1ページ1問で、問題が100問もなかったと思います。最初は『嘘だろう』と信じられませんでした」

 半信半疑ながらも、講師が言った通りに予習と復習を繰り返し、満点を取れるようになるまで問題を解き続けた。

「テキストを終えるころには、まるで視界が開けたかのように、数学が理解できるようになっていました」



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