松井稼頭央は復帰したが…主力が次々に流出する西武「憂いのFA史」 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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松井稼頭央は復帰したが…主力が次々に流出する西武「憂いのFA史」

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西武に復帰した松井稼頭央(左)と渡辺シニアディレクター (c)朝日新聞社

西武に復帰した松井稼頭央(左)と渡辺シニアディレクター (c)朝日新聞社

 日本球界にFA制度が導入されたのは1993年のオフ。以降、幾多の選手が古巣に別れを告げて新天地へと旅立ったが、その中で最も“流出”が多い球団が西武である。改めて、その“憂いのFA史”を振り返ってみたい。

 まさに憂うべき歴史だ。FA制度導入2年目の1994年オフに工藤公康、石毛宏典のベテラン2人がともにダイエーへFA移籍して以降、96年に清原和博(→巨人)、2003年に松井稼頭央(→メッツ)、05年に豊田清(→巨人)、07年に和田一浩(→中日)とチームの顔であった大物たちが次々とチームを去った。

 2010年代に入ってからはさらにその流れが加速し、10年に土肥義弘(→米独立リーグ)、細川亨(→ソフトバンク)、11年に許銘傑(→オリックス)、帆足和幸(→ソフトバンク)、12年に中島裕之(→アスレチックス)、13年に片岡治大(→巨人)、涌井秀章(→ロッテ)、15年に脇谷亮太(→巨人)、16年に岸孝之(→楽天)、そして17年オフに野上亮磨(→巨人)と毎年のようにFAによる主力流出が続いている。

 FA制度が始まってから25年が経ち、これまで延べ117人(うち海外移籍31人)の選手が新天地へ移籍したが、その中で西武からの流出が計16人(うち海外移籍3人)と12球団で最も多い。西武の次に多いのが、今オフの増井浩俊、大野奨太の2人を加えて計14人となった日本ハムだが、こちらは近年、若手優先起用で新陳代謝を促し、同時に高年俸の選手を放出して球団経営を健全化させる編成方針。西武の“流出”とは、球団の捉え方が大きく異なる。その他、ソフトバンク11人、オリックス11人、阪神10人、中日9人、DeNA 9人、巨人8人、広島8人、ヤクルト8人、ロッテ7人、楽天3人、近鉄3人となっているが、他球団と比べてもやはり西武の16人というのは多い。2010年代では、実に延べ51人中10人が西武からの流出なのだ。

 要因は様々あるだろう。若手の育成に定評があり、高卒選手が早い段階でレギュラーとして試合に出場してFA権を取得するのが早いというのも理由の一つだろうが、金銭面はもちろん、立地を含めた球団の魅力に加え、引退後の人事、球団OBに対しての冷遇などのマイナス面も多く指摘されている。



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