ゴッホの奇行と作風は梅毒のせい?それとも薬物中毒? 現代医師が診断

歴史上の人物を診る

朝日新聞出版の本

2017/10/26 07:00

弟への手紙に「黄色が最も美しい」と記したゴッホは「黄視症」だったのか?(※写真はイメージ)
弟への手紙に「黄色が最も美しい」と記したゴッホは「黄視症」だったのか?(※写真はイメージ)

『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析。医療誌「メディカル朝日」で連載していた「歴史上の人物を診る」から、ゴッホを紹介する。

*  *  *
【ゴッホ (1853~1890年)】

 19世紀のフランスには、新古典派から印象派を経て、20世紀に開花するキュービスムやシュールレアリスムなど新たな美の潮流が次々現れた。その中でもひときわ大きな存在感を示すのが、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(Vincent van Gogh)であろう。ゴッホの前にも後にも(意識的な模倣は別として)彼のような画風は存在せず、一連の作品は美術史の中でも孤高を保っている。しかし現在でこそ絵画市場で最も高値の付く画家であるが、生前にはほとんど評価されず1枚しか売れなかったという。

 ゴッホは、1853年3月30日オランダ南部ズンデルトの牧師の家に生まれた。16歳で美術商の伯父が経営するグーピル商会に勤めるが、失恋を機に離職。次に補助牧師を目指したものの、人間関係のトラブルでこれも中断。画家になることを決心したのは27歳の時。ブリュッセルで個人的に師についたが満足できず、翌年にはアントワープの美術学校に入る。

 1886年には芸術の中心地だったパリに移住し、2年後にはゴーギャンとアルルで共同生活を開始する。しかしじきに不和となり、自画像の耳の形をからかったゴーギャンへの腹いせに、自らの左耳を切り取って女友達に送り付けた。見かねた周囲の勧めもあって、サン=レミ=ド=プロヴァンスの精神科病院に入院。退院後は精力的に創作活動を行うが、1890年7月27日、パリ郊外のオーヴェル・シュル・オワーズで腹部を銃で撃ち、2日後に死亡した。享年37。

■奇行の原因

 ゴッホの奇行は生前から有名で、その生涯と独自の作風は後年に病跡学者の格好の材料となり、現在までに、「双極性障害」「統合失調症」「緑内障」「メニエール病」「神経梅毒」などの仮説が提唱された。

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