「難治がん」と闘う新聞記者が、牛カツのことを書きながらも心でくすぶっていた思い (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「難治がん」と闘う新聞記者が、牛カツのことを書きながらも心でくすぶっていた思い

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

 診察室を出ると思わず、ふーっと息が漏れた。

 せっかくだから、気晴らしに何か食べて帰るとするか。頭に、前日読んだエッセイでおいしそうだった牛カツが浮かんだ。

 点滴をしていないから、副作用の一つである筋肉痛があとで出はじめる心配はない。スマートフォンで店を探し、小雨の中、タクシーを使わずに歩き出した。

●回り道をする余裕はない

 節目といえば節目である。食事のあいだにも自分の心がどう動いたのか、家に帰ってから書き始めた。

 牛カツを食べる機会はこの先そうないだろうと、定食の肉はいいほうにしたこと。5種類ある調味料をすべて試そうと初めは考えたが、回り道して失敗している余裕はないと思いなおし、店が初めに出してきたガーリックソースと店員おすすめの塩だけで食べたこと。つまりはメニュー選びから食べ方まで「階段を降りた」気分に覆われていたという驚きを、原稿に仕立てた。

●小石、放り続ける

 これまでコラムを何本か書いてきて、患者として心の内をつづったものほど読まれているという実感がある。今回のことも、牛カツに絡めてそのあたりを書こうと思っていた。


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