成毛眞「刹那主義に生きろ」 AI時代を生き残るための“理系脳”の鍛え方 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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成毛眞「刹那主義に生きろ」 AI時代を生き残るための“理系脳”の鍛え方

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空いた時間を刹那的に使う。ゲームや料理、スポーツ、読書、旅行…なんでもいい(※イメージ写真)

空いた時間を刹那的に使う。ゲームや料理、スポーツ、読書、旅行…なんでもいい(※イメージ写真)

成毛眞さん(撮影/大嶋千尋)

成毛眞さん(撮影/大嶋千尋)

 刹那主義に生きていなければ、こういった意図しない予想外の刺激は得られないし、やっているうちにどんどんおもしろくなり没頭し、いつの間にか上達するという正のスパイラルも得られない。

 実際には、目的もなくただ好きなことのために時間を費やしている方が、結果として知識が豊富になったり、技術上達に繋がったりするものだ。

 さらに、刹那主義と相反するようだが、刹那主義でいると未来主義にもなれる。

 刹那主義とはその瞬間瞬間に、我を忘れて没頭することだ。その対象は、世間一般で言われているような良いことでなくてもかまわない。そうしていると、次はどうするかばかりを考えるようになる。ゲームでは「今度は同じ失敗をしないぞ」と思うし、読書では「この先どうなるんだろう」と思う。

 決して「あんなことをしなければ良かった」「こんなものを読むべきではなかった」などとは思わない。愚痴を言う暇も愚痴に使えるフレーズを考える暇もない。

 今に集中しているからこそ、未来を考えられるし、過去は忘れ去ることができる。

 だから、刹那主義者は未来志向になれるのだ。

 SNSや居酒屋で思い出話をして愚痴をこぼしている人たちは、刹那主義者でも未来志向でもない。

 刹那主義者にとって過去とは、新しい発見が埋もれているかもしれない土壌に過ぎない。新しい発見とは、過去になかったもののことなので、過去をまったく見ずに新発見はできない。ただ、この場合の過去はリファレンス、参考資料だ。

 見ているのはあくまで今であり未来だ。たまに「そういえばどうだったかな」と調べてみる対象が、過去なのである。


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