■帝王病とも言われ

 痛風はエジプトのパピルスやヒポクラテスの書物にも記載される病である。古代マケドニアのアレキサンダー大王や太陽王ルイ14世、精力絶倫の英国王ヘンリー8世、プロシアのフリードリッヒ大王、東洋では元のフビライ帝や清の皇帝たちが罹患したため、帝王病と言われている。

 1848年にギャロットが痛風と尿酸の関係を指摘し、20世紀になって血中尿酸値が測定できるようになると、その病態が明らかになった。37度の体温で尿酸が6.8mg/dLを超えると過飽和になり、関節や腎臓でpHが下がると結晶を生じて炎症の原因になる。

 核酸が代謝されるとヒポキサンチン、キサンチンを経て尿酸になる。多くの哺乳類では尿酸酸化酵素によって無害な尿素になるが、霊長類では3カ所の突然変異があって活性を消失している。不利な高尿酸血症をもたらす変異遺伝子が広まったのは、尿酸に強い抗酸化作用があり、ビタミンCを生体内で合成できなくなった霊長類が、果物が採れた森林から狩猟採集のために草原に出ていった時、尿酸値の高い個体群のほうが有利であったからという。

 尿酸値が高いと攻撃的な性格になりやすいという説もある。先天的に尿酸値が異常に高いLesch Nyhan症候群では自傷行為を伴う攻撃性が問題となるが、痛風発症の重要な要因は肉食やストレスの多い生活とともに、攻撃的な性格とされる。ミケランジェロは同郷の先輩レオナルドやパトロンであったメディチ家の人々、教皇と度々衝突し、友人の少ない狷介な人物だったというが、それを裏付けるかもしれない。

■死の3日前まで

 一病息災というか最晩年まで創作意欲を失わず、88歳の長寿を保った。ミラノにある未完成の「ロンダニーニのピエタ」は、眼を侵された巨匠が手探りで死の3日前まで彫っていたという。

 16世紀後半にはイタリアのほとんどがハプスブルク家の支配下に置かれ、故郷フィレンツェ共和国も専制君主国となった。異教に寛大なローマ教皇庁も反動宗教改革の波に押されて異端審問を行うようになる。同時代を築いたレオナルドやラファエロ、多くの崇拝者やパトロンに先立たれたミケランジェロは、長寿であった故の寂しさを痛感していたかもしれない。

(メディカル朝日連載「歴史上の人物を診る」から)

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早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

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