「担当を離れる時には、坂井さんがオフィスを訪ねてくださいました。シャンパンと手紙を手に。ところが私は外出中で、お目にかかれず、申し訳ない気持ちになったことを覚えています」

 その後小林さんはZARDのプロモーションも行ったが、坂井さん本人のメディアへの稼働はなく、接触はなかった。

「再会したのは担当を離れてから8年後です。坂井さんが社内で打ち合わせをしてクルマで帰られるタイミングに居合わせて、ほかの社員と一緒にお見送りしました。エントランスですれ違ったのはその後です。あの時は2人だけだったのに、まともに会話ができなかったことが悔やまれます」

 坂井さんの歌声は、小林さんの中で今も響いている。

「同世代だったからかもしれませんが、坂井さんとご一緒していた時期も、その後も、いつの時代もZARDの歌詞に共感して、感銘を受けています。今もZARDの曲に触れることは多く、私が音楽業界を離れたからかもしれませんが、坂井さんは存在しているように感じています。今この時も、スタジオにこもって歌っている、と。それは、おそらく、坂井さん亡き後も、長戸プロデューサーをはじめスタッフのかたがたが、存命中の坂井さんの作品や思いを大切に守っているからでしょう」

 小林さんが特に好きなZARDのナンバーは「きっと忘れない」「明日を夢見て」「君とのふれあい」。

「『きっと忘れない』は、私が25歳のときに初めてフルサイズの音源を聴いて、仕事が手につかないほど心が震えました。『明日を夢見て』は、2004年のツアーで、坂井さんがステージで歌う姿を初めて見て、スタッフたちと涙を流しました。ずっと夢見ていた瞬間だったからです。『君とのふれあい』での語りかけるような坂井さんの歌唱も大好き。坂井さんのキャリア終盤の曲ですが、なぜかA&Rとして仕事でご一緒していた1990年代のがむしゃらだった自分を思い出します」

 坂井さんが作詞家として、ほかのアーティストに提供した曲もよく聴いた。

「坂井さんが男性アーティストに書いた作品には、自立している夢を持つ女性がよく登場するからです」

 DEENの「瞳そらさないで」、FIELD OF VIEWの「DAN DAN 心魅かれてく」など。

「ちょうど、精神的にも経済的にも自立する女性が目立ち始めた時代の作品です。ひょっとすると、それは坂井さん自身だったのかもしれません。というのも、音楽と向き合っているときの坂井さんには、男性的な強さを感じました。もし坂井さんが存命していたら、さらに表現の場を広げ、今頃は美人エッセイストとしても活躍していたのではないでしょうか」

(文/神舘和典)

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神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

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