IT時代、「記憶は残らないけれど、記録は残せる」と、パソコンやiPadを駆使して工夫を発信するのは佐藤雅彦さん。名前は忘れても「フェイスブック」は、顔がわかるから大丈夫。どんどんつながって、丹野さんのフォロワーは1000人を越えた。

 胸打たれたのは、本人が自分の中にある認知症への偏見に気づき、仲間と人間観を語り、「権利」「人権」に思い至る過程だ。そして、力をぬいて、もっと楽しく笑顔で生きよう! 自分たちの声で社会を変えよう! と意志をもち続けていることだ。「進化」し、「深化」する「希望の人びと」の人生の物語。そこにはどんな状況になっても、自分を投げださずに「いま」を生きる、いくつものヒントがあった。

 認知症の当事者発信を追い続けて気づかされたのは、能力主義からの解放の大切さだ。何かが「できる」からよいのではなく、そこに「いる」「存在する」意味と価値の重さである。いま、問われているのは社会の、私たちの人間観だと痛感する。

 本書は、04年、京都で開かれた国際アルツハイマー病協会国際会議に、海外の当事者たちが参加した前後から、10年後日本の当事者団体(JDWG)誕生の軌跡、最先端の「いま」を伝えるものだ。

 ありのままの「その人」と出会っていただけたら、「認知症の常識」はきっと変わる。読者の内面と響き合う「本人の言葉」が、この本の中にきっとあるに違いない、と信じている。

 春一番が吹いた2017年2月17日。東京・有楽町朝日ホールで、認知症本人の視点を重視した厚労省の研究事業(粟田主一代表)の報告会が開かれ、当事者団体の共同代表、藤田和子さん、佐藤さんも登壇。丹野さんたち仙台チームも発表した。そして、この日初めて勇気を出して舞台に立った人たちもいた。

 一方で、この瞬間、心ならずも精神科病院に入院している認知症の人が5万人以上いる。当事者発信の取り組みには地域差もある。だが、いま「希望の人びと」のネットワークは、確実に広がっている。(朝日新聞記者・生井久美子)