築地市場の目利きたち
築地市場の目利きたち

 2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。

 築地市場を訪れたことがある人なら、誰もが目にしたであろう「ターレ」。場内・場外を縦横無尽に走る姿は、とても印象的であり、市場を象徴する光景ともいえる。そんなターレを整備・修理し続けて50年以上。築地市場の縁の下の力持ち榊オートに岩崎が話を聞いた。

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 築地市場に近づくと、場内に入らずとも目に入るものがある。ひょっとすると、築地のなによりも、市場の風景をかたどっているものかもしれない。ハンドルを伴った円筒形の動力部と畳1枚程の荷台がコンパクトにおさまった、通称「ターレ」と呼ばれる運搬車だ。築地市場の場内・場外を、早朝から閉場まで縦横無尽に走りまわる姿は象徴的だ。

 店作りの始まる朝の2時ごろから、セリが終わり客入りの始まる6時ごろにかけては、歩いている人よりもターレの台数のほうが多いのではとすら感じられる。セリ落とされた巨大な冷凍マグロや、大人がすっぽり入れるほどのダンベ(バケツ状の容器)、氷とともに魚が梱包(こんぽう)された発泡スチロールの箱(以下、発泡)など、大きく重いものだけでなく、小さな発泡ひとつでも、荷物という荷物はとにかくターレで運ばれていく。

 築地市場では、約1600台のターレと、約600台のフォークリフトが稼働していると聞く。築地市場の水産部門でターレとフォークリフトのメンテナンスを行う最大手、株式会社榊オートを訪ねた。

 榊オートの創業は1961(昭和36)年。以来、ターレ一筋で営んできた会社だ。榊オート初代社長の榊幸彦さんに、ターレが築地に導入されたいきさつを聞いた。

 ターレが導入されるまでは、長くネコと呼ばれる手押し車で荷が運ばれてきた。かつては鮮魚だけでなく合物(干物のこと)の取引量が多く、築地市場には140社ほどの合物専門の仲卸業者があったという。当時の合物のセリ場は、買荷保管所(仲買人や、買い出しに来た鮮魚店や料理店が、積み荷を一時的に保管する場所。ここで積み荷が自動車に積まれる)にほど近い時計台の下にあったため、合物の運搬はそれほどつらい作業ではなかった。しかし、昭和36年に合物のセリ場が勝どき門付近に移動することとなり、うずたかく積んだ重たい合物をいかに早く効率的に運ぶかが、課題となった。

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