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「逆転」金メダル・登坂絵莉 熱血漢の父と歩んだ“レスリング道”

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女子48キロ級で金メダルを獲得した登坂絵莉(左)

女子48キロ級で金メダルを獲得した登坂絵莉(左)

「やっぱり、女の子じゃないですか。格闘技はちょっと……という思いでした。痛く、苦しく、つらいのはよく分かっていますからね。息子にレスリングをさせたくて練習を見学に行き、娘のほうが熱くなってしまったのです。困ったなあと思いましたよ」(修さん)

 小学生のころはレスリングだけにこだわらず、いろいろな可能性を試しながら成長した。「本人が興味を持つことは、何でもさせました」と修さん。学業成績は優秀で、ピアノ、英語、公文などの習い事にも真剣に取り組んだ。

 スポーツもレスリングに限定していたわけではない。「ソフトテニスも好きでした。でも、力が有り余っていて、ラケットを大振りしてボールがコートの外に飛んでいってしまった」と登坂。ほかにも柔道、ラグビーなど、コンタクトプレーを伴う競技も経験している。

 レスリングを始めて4カ月後に全国大会に出場し、初戦で敗退した。多くの人は「初心者だから仕方ない」と思うが、登坂は号泣し「勝ちたかった!」と泣きじゃくった。修さんが「頑張るなら手伝うよ」というと、自主練習を志願。マット上での練習を終えた後、父と一緒に小学校のグラウンドに行って鉄棒や「うんてい」を使ってトレーニングを始めた。


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