新しい家を建てるなら、設計図がなければならない。それはそのとおりだ。しかし、新しい家を「発想する」だけなら、設計図づくりは後回しでいいはずだ。

 小さな子どもの粘土遊びを横で見ていると気づくことだが、彼らは明確なプランなどないまま手を動かし、そのプロセスのなかでアウトプットに修正を加えていく。

 最初は「粘土で『おうち』をつくっているの」と言っていても、最終的には「くるま」や「ゾウさん」が出来上がることも珍しくない。わかりやすく言えば、彼らは「手で考えている」のだ。

 実際、デザイン思考のモットーの1つに「Build to Think(考えるためにつくる)」というものがある。まず手を動かしてみて、そのなかで発想を刺激し、新しいものをつくりあげていく――これは芸術家やクラフトマンの世界で経験則的に磨きあげられてきた方法論だ。

 マサチューセッツ工科大学(MIT)教育学部教授だったシーモア・パパートは、これを構築主義(Constructionism)という学習モデルに落とし込んでいる。

 構築主義の核心は、緻密な計画に先立って、まず不完全なアウトプットを行い、それを起点に対話・内省を促していくということにある。このような試作品のことをデザイン思考の世界では「プロトタイプ」、そしてそうやって試作品をつくる行為を「プロトタイピング」と呼ぶ。

 何かを発想しようというとき、僕たちは「ちょっと煮詰まってしまって……。なかなかいいアイデアが出ないんだ」などと言うことがある。

 しかし、構築主義の世界では、こうしたことは原理的には起こり得ない。

 頭のなかあるアイデア以前に、まだ言葉では説明しきれない具体的なプロトタイプがまずある。この点では、デザイン思考と戦略思考は「真逆」の手順を踏んでいると言うことができるだろう。

●デザイン思考の特徴(2) 五感を活用して統合する―両脳思考

 1960年代半ば、スタンフォード大学の一部の研究者たちのあいだには、1つの問題意識があった

「論理的な思考力に優れたエンジニアたちは、ややもすると新しいものを生み出す創造性を失っていきがちで、それを放置していると、アメリカからイノベーション創出の力が失われてしまうのではないか」――。

 そうした危機感から生まれたのが、「視覚思考(ME101:Visual Thinking)」ないし「両脳思考(Ambidextrous Thinking)」と呼ばれるプログラムだった。これがスタンフォード大学D.schoolなどで教えられているデザイン思考の土台になっている。

次のページ