●松の葉に込められた「おもてなし」とメッセージ

 1枚目は、岡山県にある料亭「美作(みまさか)」という料亭で撮った写真です。私は普段あまりお酒を飲みませんが、お客さまの社長に誘っていただきました。ビールを頼んだら、ビール瓶の受け皿に、松の葉が2本入っていました。普通のコースターではなく「受け皿」というのが、しゃれています。

 でも、なぜか松の葉が入っています。これは何を意味しているのでしょうか?

 よく冷えたビール瓶を飲みさしのまま置いておくと、表面に水滴が浮かんできます。下に何も敷かないと、したたり落ちる水滴で、テーブルが濡れてしまいます。それを避けるためにあるのが、瓶を置くコースターや受け皿です。コースターに瓶を置いたり、受け皿に瓶を入れておけば、テーブルが水びたしになることはありません。

 とはいえ、水滴がしたたり落ちることは変わりません。水滴が器にたまり、受け皿と瓶の底がくっついてしまうことがあります。そこで気づけばいいのですが、ビールを注ごうとする途中で受け皿が落ちて、テーブルにぶつかって大きな音をたてたり、料理の上に落っこちてしまったりすることもあります。あなたも、そんな経験はありませんか?

「この松の葉は、瓶がくっつかないようにするためですか?」
理由を知りたくなって、お店の人に聞いてみました。

「はい、そうです。それと、もう1つ理由があるんです」
女将さんは、にっこり笑うと、こう言いました。

「松の葉は必ず2本入れるようにしていて、あなたを私は松(待っ)ていました、という意味を込めているんです」

「へえー!」私は思わずのけぞってしまいました。

 すてきな心遣いだと思いませんか。このお店に行ったのは、一度だけです。でも、もし岡山で大切な人をもてなす機会があったら、迷わず、私はこのお店を選ぶでしょう。

【松の葉に込められた2つの意味】
(1)ビール瓶に受け皿がくっついて落ちないため
(2)「あなたを待っ(松)ていました」というメッセージ

●「安心」と「信頼」を感じた体重計カバー

 2枚目の写真は、神戸の海近くに建つホテルに宿泊したときに撮ったものです。客室に体重計があるホテルはたくさんありますが、このホテルは少し違いました。体重計に、タオル地のカバーがかけられていたのです。

 ホテルに備え付けの体重計は、不特定多数の人が素足でのるものです。もちろん、宿泊者が変わるたびに、ていねいにクリーニングされているはずですが、それでも、人によっては抵抗を感じることもあるでしょう。

「ちゃんと殺菌してるのかな……」
「前に使った人は、どんな人だろう……」

 そんな抵抗感をなくすために、体重計にカバーをつけたのでしょう。当然、カバーもその都度、取り替えられているはずです。

「ここまでやるのか……」それが率直な感想でした。普通はここまで考えないよなぁ、と驚きましたが、あるときテレビを見ていて「ああ、そうか!」と納得したのです。

 最近は、いわゆる「潔癖性」の人がものすごく増えているといいます。他人が触れた電車やバスのつり革が触れない、トイレの便座に座れない、温泉の脱衣所の床を歩くのが怖い、図書館の本やエレベーターのボタンに触れない、他人の家のコップが苦手、家族以外がつくった食事が食べられない……。そこまで極端ではない人でも、人の趣味嗜好はどんどん多様化しています。

 ここは、ホテルオークラ神戸というホテルです。ホテルオークラの企業理念は「親切と和」。ホテルオークラを世界最高のホテルにするという、開業時の社長・野田岩次郎さんの信念によって掲げられた理念だそうです。ホテルは不特定多数の人が利用する場所。より多くのお客さまに親切にし、喜んでいくただくためには、そこまで想像力を働かせる必要がある。

 神戸で誰かと一緒にホテルに泊まるとき、あるいは、おすすめのホテルを尋ねられたとき、私は自信を持って、安心して、このホテルの名前を挙げるでしょう。それは、ただ体重計にカバーがかかっているから、ということだけではありません。そこから感じられた「理念」に、安心と信頼を感じたからです。

【タオルカバーに込められた意味】
(1)「ちゃんと殺菌されているのかな……」という抵抗感をなくしてもらうため
(2)「あらゆる人にストレスなく喜んでいただきたい」という考え方

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百貨店の人はなぜ、袋を「プチプチ」にくるんだのでしょう?