諸河久〈コラムニストプロフィール〉 - 朝日新聞出版|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

諸河久

このエントリーをはてなブックマークに追加
諸河久

諸河久

諸河 久(もろかわ・ひさし)/1947年生まれ。東京都出身。カメラマン。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。「諸河 久フォト・オフィス」を主宰。公益社団法人「日本写真家協会」会員、「桜門鉄遊会」代表幹事。著書に「オリエント・エクスプレス」(保育社)、「都電の消えた街」(大正出版)「モノクロームの東京都電」(イカロス出版)など多数

  • NEW

    東京タワーが「東京のタワー」だったと感じる53年前の西麻布 こんなにも見えた理由は?

    路面電車がみつめた50年前のTOKYO dot.

     2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、かつて東京タワーを遠望できた西麻布交差点付近の六本木...

  • 江戸の名残「半蔵門」54年前の都電 名前の由来は「服部半蔵」から?

    路面電車がみつめた50年前のTOKYO dot.

     2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、江戸城甲州口といわれた「半蔵門」の都電だ。*  * ...

  • 都電が消えた「高田馬場」と残った「早稲田」 東西線が走り始めた54年前の光景は?

    路面電車がみつめた50年前のTOKYO dot.

     2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、早稲田大学のホームタウンといえる高田馬場(たかだのば...

  • 関東大震災、大空襲… 苦難を乗り越えた「東京駅」と路面電車 53年前のその姿とは?

    路面電車がみつめた50年前のTOKYO dot.

     2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、東京ステーションシティとして駅から街に変身する東京駅...

  • 上野「不忍池」を走った50年前の路面電車 鮮やかに写す貴重なカラーポジは当時いくら?

    路面電車がみつめた50年前のTOKYO dot.

     2020年の五輪に向けて、東京は変化を続けている。前回の東京五輪が開かれた1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は、四季の移ろいが豊かな不忍池(しのばずのいけ)を専用軌...