<ライブレポート>東京事変 国民に発信する5人による音楽の祭典
<ライブレポート>東京事変 国民に発信する5人による音楽の祭典

 東京事変のライブ映像【東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ】が9月5日の19時より3つの配信メディアと全国70館以上の映画館にて一斉に配信/上映された。

 2004年に始動し、2012年2月29日の閏日に開催された日本武道館公演をもって解散した東京事変。4年後の2016年には椎名林檎のソロ曲「ジユーダム」、「マ・シェリ」のレコーディングに東京事変のメンバーが集結し、同年末の『紅白歌合戦』にも出演。閏年=東京事変イヤーであることを知らしめ、2020年の元旦についに“再生”を表明、新曲「選ばれざる国民」の配信と全国ツアー【Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ】の開催を発表した。しかし、2月29日の閏日に開幕したツアーは新型コロナウイルス感染拡大を受け、殆どの公演を断念。この度同ツアーの演目を新たに実演し収めた映像が配信されることとなった。日にちは、TOKYO2O2O開会式が行われるはずだった7月24日。場所はツアーファイナルの地として予定されていた東京・渋谷NHKホールだ。オーディエンスは不在の中、実に8年ぶりとなる最新演目【Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ】の一部始終が余すことなく披露された。

 開演前、ステージ後方に設置された5つの大きなモニターと16の小さな画面には「選ばれざる国民」のジャケットに刻まれていた「loading...」という文字が映し出されていた。やがて、2013年にリリースされたコンプリートBOX『Hard Disk』のジャケットを飾っていたハードディスクが回り始め、伊澤一葉、浮雲、亀田誠治、椎名林檎、刄田綴色の順にログイン。東京事変のオペレーションシステムが起動し、プログラミングされた再生装置が始動した。オープニングナンバーは、東京メトロCMソングに起用された「新しい文明開化」。東京事変のトレードマークである孔雀を想起させる羽根を背負った椎名は、黄色いフラッグを振りながら、英語歌詞で<やぁやぁごきげんよう、我が同胞>と呼びかけ、トリプルギターとなったデビュー曲「群青日和」では、無観客のフロアに向かってピックを投げ入れた。この2曲だけで、東京事変が卓越した技術を有した個を1つに束ねた集団=バンドであることを強烈に知らしめていた。それはサウンドだけでなく、ビジュアルからも一目瞭然。真っ白なエリザベスカラーをはじめ、シルエットは全員お揃いだが、色合いは緑、青、茶、赤、黄と5人それぞれが異なっており、個は個のままで、お互いを補い合って初めて成り立つ実演であることを視覚的にも表していた。

 8年ぶりの再生を寿ぐ口上を終えた5人は、打掛から錫色のガウンに着替え、唄い手がくるくると入れ替わるトリプルヴォーカルの「某都民」やフューチャーディスコ「選ばれざる国民」で多面的にニュースを伝えた。「復讐」での椎名は、刑事コロンボのようにガウンのポケットに手を入れて、生命も死も美も己も知らない“お前”を追い詰める。不敵な笑みを浮かべて、拳銃を放つと、モニターは砂嵐となった。母親による娘の復讐は足されたのだろうか。そして、<引き金を引いた途端>というフレーズから始まる劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』の主題歌「永遠の不在証明」では、椎名は緋色=スカーレットのハットを顔に寄せ、目を閉じて歌唱。ベース、ギター、キーボード、ドラムと一人ずつが壮絶な事件現場に立ち会うかのようなソロ回しを経て、バンドが4ビートを奏でる間に、椎名が持っていたハットはタンバリンへと変化。「絶体絶命」では忘れたいのに忘れられない悲しみとの葛藤を繰り広げ、「修羅場」では、抑制の効いた演奏の中で椎名はステージに座り込み、意を決したように立ち上がり慟哭。やおらケープを脱ぎ捨てた彼女は、背面の首元に金の孔雀が刺繍された白い綿シャツと細かいプリーツが入ったロングスカートという無垢な出立で身体性を回復させていった。ここからは、ニュース内のスポーツコーナーと言ってもいいかもしれない。「能動的三分間」では自らの肉体を使った瞬間的なエネルギーの発露を感じさせ、「電波通信」ではレーザー光線が交差する空間で、彼女は真っ直ぐに前を指差し、<今だけ同期していたいの><感じ取って今僕を選んで>と画面越しに超音速のメッセージを送った。次第に、“今、ここ”という瞬間に意識がフォーカスされていく。憧れのスーパースターに誇れる自分でいたいと願う純情と、そんなスーパースターの孤独や苦悩を静かに描いた「スーパースター」を経て、「乗り気」で男たちもガウンを脱いで波に乗り、様々な経験をした上でのピュアネスを感じる白シャツで、青春の煌めきを感じる「閃光少女」をプレイ。<私は今しか知らない>と旗で顔を隠しながら歌っていた椎名も清々しく晴れやかな表情を見せていた。「キラーチューン」ではスカートを手で持ち、ひらひらと揺らしながら会場を見渡し、ホイッスルを吹いてステージを歩いた。本来であれば、満員の観客が総立ちとなり、一斉に黄色い旗を振るシーンだ。誰もいないであろう2階席にも目を向けた彼女の眼差しが印象的だった。

 白シャツを脱ぎ、胸元が大きく開いたゴージャスな黒いタイトドレス姿となった椎名は音楽を通して浮雲とラテンダンスを踊り、刄田が雄叫びを上げ、伊澤と浮雲、亀田の男性陣が声を重ねた「OSCA」では、拡声器で歌う椎名が視聴者に向けてコール&レスポンスを促した。チアホーンが鳴り響く「FOUL」でさらに激しさが増していき、安定による停滞よりも革新を求める「勝ち戦」では孔雀から光線が放たれ、再び、“今、ここ”へと焦点が当てられつつ、夢と現実の境目が曖昧にもなっていった。これは現実ではなく、夢を見ているのかもしれない。そして、ファンにとっては、8年前の武道館で最後に演奏された思い出の曲になっている「透明人間」へ。ピアノによるイントロが鳴った瞬間に、明日を生きる勇気と元気、新鮮な息吹を与えてもらったような気持ちになった方も多いだろう。少し照れ臭そうに顔を隠して歌っていた椎名は、微笑みを口元に湛え、<またあなたに逢えるのを楽しみに待って/さようなら>と告げた。ここで、ステージは暗闇に包まれた。加速をやめ、ブレーキを踏んでスロウダウン。ラストナンバーは、眩いライトの中でバンドが強靭なアンサンブルとグルーブを効かせる「空が鳴っている」だった。<今なら僕らが世界一幸せに違いない>というフレーズが空気を揺らし、耳に届き、終わりの予感がもたらす深い呼吸と共に身体中に行き渡っていく。すると、ステージ上は深い霧に包まれ、5人のメンバーのシルエットしか見えなくなった。ライトはテールランプのように点滅している。霧が晴れると、そこは空っぽのステージ。もう誰もない。画面からはテストトーンが流れ、テレビ放送の休止を知らせるカラーバーとなり、突如、ブツンと遮断された。空耳かもしれないが、鐘の音が残響となってこだましているように感じた。教育、大人、バラエティ、スポーツ、大発見、カラーバー、ニュース……。これまでの実演がまるで夢だったかのように感じられる1時間30分の特番であったが、身体には確かにまだ熱が残っていて、その余韻はしばらく覚めそうにない。

文:永堀アツオ
写真:太田好治

◎【東京事変2O2O.7.24閏vision特番ニュースフラッシュ】セットリスト
1. 新しい文明開化
2. 群青日和
3. 某都民
4. 選ばれざる国民
5. 復讐
6. 永遠の不在証明
7. 絶体絶命
8. 修羅場
9. 能動的三分間
10. 電波通信
11. スーパースター
12. 乗り気
13. 閃光少女
14. キラーチューン
15. 今夜はから騒ぎ
16. OSCA
17. FOUL
18. 勝ち戦
19. 透明人間
20. 空が鳴っている