『Ye』カニエ・ウェスト(Album Review)
『Ye』カニエ・ウェスト(Album Review)

 カニエ・ウェストの新作 『Ye』が、予告通り2018年6月1日に解禁された。 発売直前には、米ワイオミング州でアルバムのリスニング・パーティーを開き、その様子をストリーミング・アプリ<WAV>で公開するという、今風のプロモーションを行ったカニエ。内容はともかく、SNSの使い方やトップ・ニュース級の話題作りには頭が下がる。

 本作は、2016年2月にリリースされた7thアルバム『The Life of Pablo』から2年振り、通算8作目となるスタジオ・アルバム。カニエは、2005年リリースの2ndアルバム『Late Registration』から前作まで6作連続で米ビルボード・アルバム・チャート(Billboard200)でNo.1を獲得していて、本作の首位デビューも期待されている。収録されたのはわずか7曲、トータル23分41秒とほぼEP盤だが、曲数が少い分内容は濃く、独自の目線で様々な問題を取り上げている。

 アルバムの1曲目を飾る「I Thought About Killing You」は、タイトルからも予想できるが「真剣に殺すことを考えている」というフレーズから始まる恐ろしい内容で、計画的殺人や自殺についてを淡々とつぶやいていく。 後半はラップを絡めながら言葉を連ねていくが、曲というよりは朗読に近い。カニエは、 2010年頃から精神的不安定になり「自殺を考えていた時があった」と最近のインタビューで告白しているが、この曲はその時の様子を綴ったものだろうか、むしろ現在進行形なのか……。

 2曲目の「Yikes」は、ブラック・サヴェージというアフロ・ロック・バンドの「Kothbiro」(1976年)という曲をサンプリングした、カニエらしいナンバー。歌詞の中には<デフ・ジャム>の創立者であるラッセル・シモンズが登場し、彼が訴えられているセクハラや性的暴行について、流行りの「me too」というワードを用いて祈りを捧げている。

 3曲目の「All Mine」では、トランプ米大統領との不倫関係が報じられた米ポルノ女優、ストーミー・ダニエルズについて言及。賛否はあるが、こうして実名や社会問題をそのまま引用してしまうのも、カニエならではの業。音域高いコーラスを担当しているのは、今年2月にカニエ率いる<G.O.O.D. Music>と契約した米シカゴ出身のラッパー、Valee。この曲には、タイ・ダラー・サインもクレジットされている。

 タイ・ダラー・サインは、4曲目の「Wouldn't Leave」にも参加。 パーティネクストドアとジェレマイのボーカルをフィーチャーしたこの曲は、レゲエやワールド・ミュージックのような心地の良いサウンドに乗せ、5月初旬に物議を醸した「奴隷制度は選択肢のひとつ」という発言についての注釈、 歴史的な声明についてを歌っている。5番目のトラック「No Mistakes」は、キッド・カディとチャーリ・ウィルソンがコラボした初期のカニエっぽい曲。お得意のネタ使いは、米カリフォルニア州出身のゴスペル・シンガー=エドウィン・ホーキンズの「Children Get Togethe」(1971年)と、スリック・リックの「Hey Young World」(1988年)の2曲。

 6曲目の「Ghost Town」にもキッド・カディ、そしてパーティネクストドアが再び参加。米ニュージャージー州出身の若手シンガー/ラッパーの070 Shakeもクレジットされている。ノスタルジックなメイン・パートを書いたのは、リック・ネルソンや ソロモン・バーク等レジェンド・アーティストたちの作品を多数手掛けてきた、御年75歳のソングライター/音楽プロデューサーのトレード・マーティン。ロック・テイストのこの曲から、 ジャジー&メロウの「Violent Crimes」への繋ぎもすばらしく、後半はお世辞抜きの傑作が続く。「Violent Crimes」にも、先述の070 Shakeとタイ・ダラー・サインがボーカルとして参加。曲の終わりに、ニッキー・ミナージュの生声によるボイス・メッセージが流れ(これが超怖い)、アルバムは幕を閉じる。

 全7曲、カニエとマイク・ディーンの共作。マイク・ディーンは、2007年の3rdアルバム『Graduation』から全てのアルバムに参加していて、最近ではビヨンセの『レモネード』やミーゴスの『カルチャーII』などを大ヒットさせた。その他、ベニー・ブランコ(カーディ・B、エド・シーランなど)や、フランシス・アンド・ザ・ライツ(チャンス・ザ・ラッパー、ドレイクなど)もプロデューサーとして参加している。

 トランプ米大統領への支持表明や、奴隷制に関する発言 、発売直前には、自身がプロデュースしたプシャ・Tの新作『DAYTONA』のジャケットに、 故ホイットニー・ヒューストンが生前撮影した、薬物が散乱したバスルームの写真を買い取ってまで起用するなど、世間の批判をあえて集めるかのような言動を繰り返しているカニエ。これらの迷走も全てアルバムのプロモーションだったとすれば、その内容は褒められたものではないが、アーティストとしての執念には感服する。

 ちなみに本作のジャケットも、当初は亡き母ドンダ・ウエストの死因とされている整形手術の執刀医をアップする予定だったとのこと。

Text: 本家 一成

◎リリース情報
『Ye』
カニエ・ウェスト
2018/6/1 RELEASE