寒風をついて津保川を渡る徹明町行きのモ520型は、美濃電軌半流型のプロトタイプだった。ツートンの名鉄岐阜市内線標準色が懐かしい。白金~上芥見(撮影/諸河久:1967年2月26日)
上芥見のサイドリザベーション軌道を走る美濃電軌引継ぎのモ514+モ512の臨時電車。600万画素のキヤノンEOSD60で撮影した初期のデジタル作品。白金~上芥見(撮影/諸河久:2003年8月30日)
美濃町線の起点徹明町に到着し、降車扱い中のモ510型。徹明町は岐阜の中心地で、電車道には商家が林立していた。画面右の路上には、工業デザイナー小杉二郎デザインの「マツダK360型」軽三輪トラックが写っている。(撮影/諸河久:1965年3月20日)
暑かった夏の日、新清水で乗車扱い中の横砂行きモハ57。後方には新清水止まりで、手前に伸びる軌道を使って新清水駅の電留線に入庫するモハ66が写っている。(撮影/諸河久:1964年8月7日)
西久保からは単線の専用軌道を走り、東海道本線と並行する交換駅の嶺に到着。炎天のホームにはタブレットを携行した運転士が待っていた。(撮影/諸河久:1964年8月7日)
鉄軌分界点から軌道区間に入り、新木田交差点を走る福武線の超低床車「フクラム」F1000型。赤十字前~商工会議所前(撮影/諸河久:2019年8月30日)
雨の日の高床車両への乗降は難儀だった。狭隘な幅員の公園口停留所の一コマ。(撮影/諸河久:1985年12月1日)
福井駅前を発車して駅前線を市役所前(現福井城址大名町)に向かうモハ80型。福井城址はカメラ光軸の反対側に位置して、城跡には福井県庁が所在している。画面右には当時の急行専用車モハ200型が信号待ちしていた。(撮影/諸河久:1968年10月2日)