古川橋を渡る4系統五反田駅前行きの都電。橋上にある安全地帯では4・5・7系統の到着を待つ乗客で賑わっていた。古川橋~魚籃坂下(撮影/諸河久:1965年10月17日)
首都高速道路2号線の高架橋が空を覆い、麻布通りの拡幅により古川橋も架け替えられ、往時の面影がなくなった古川橋の近景(撮影/諸河久:2020年1月7日)
戦火を免れた旧い商店が軒を連ねる魚籃坂下の一コマ。残暑の街角に5系統目黒駅前行きの轍が響く。古川橋~魚籃坂下(撮影/諸河久:1963年9月1日)
郵便ポストの位置を手掛かりにして、かつての撮影地を探った。旧景の芝三田松坂町郵便局は空き地になっており、その左側にかめがや時計店の建物が隣接している(撮影/諸河久:2020年1月7日)
魚籃坂の呼称の由来となった「魚籃寺」の門前。鮮やかな朱色の山門が印象に残った(撮影/諸河久:2020年1月7日)