斂葬の儀で、百合子さまの祭壇へと向かう三笠宮家の彬子さま=2024年11月26日、東京都文京区の豊島岡墓地
三笠宮妃百合子さまの斂葬の儀では、三笠宮家の彬子さまも瑶子さまも涙をぬぐわれていた=2024年11月26日、東京都文京区の豊島岡墓地
2002年に急逝された故・高円宮さまの斂葬の儀で、並んだ久子さまと長女・承子さま、次女・典子さま(当時)、三女・絢子さま(当時)=2002年11月、東京都文京区の豊島岡墓地
高円宮さまの斂葬の儀で、葬場を出て車に乗り込む長女・承子さま、三女・絢子さま(当時)と、三笠宮家の寛仁さまと信子さま=2002年11月、豊島岡墓地
三笠宮妃百合子さまの「正寝移柩(せいしんいきゅう)の儀」参列のため、三笠宮邸に入る孫の瑶子さま=2024年11月24日午後1時30分、東京・元赤坂の赤坂御用地
2015年の故・高円宮さまの墓所祭では、長女として立派に参列された高円宮家の承子さま(左から2番目)。三女絢子さま(当時)、三笠宮ご夫妻、三笠宮家の瑶子さま、千家典子さん=21日午後2時9分、東京都文京区の豊島岡墓地
24年秋の園遊会に臨んだ瑶子さま。金髪ピンクメッシュのまとめ髪と、「裏葉柳(うらはやなぎ)」のやさしい地色の訪問着が品良く調和している=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会に臨んだ信子さま。帯からのぞく、翡翠のような玉飾りは、おそらくご愛用の懐中時計=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会に臨んだ信子さま。帯は、深みのある紫地に金糸を用いた白金の「雲取り」文様が見事。帯からのぞく紐と飾玉は、ご愛用の懐中時計と思われる=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会に臨んだ瑶子さま。舞い上がる大小の色紙と四季の草花があしらわれた、やわらかな柄行の訪問着がよくお似合い=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会に臨んだ瑶子さま。ハニーブロンドに入れたピンクのメッシュが、やわらかな柄行の訪問着と美しく調和している=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会に臨んだ彬子さま。ごく淡い黄色が混じる「鳥の子」色の地に、色大小の紅葉があしらわれた訪問着=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会。大小の紅葉があしらわれた訪問着。べっ甲の扇型の帯留めが「みごと」、と専門家=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会。彬子さまの帯は、緑の地に金や白の濃淡で織りだされた正倉院華文。専門家も「みごと」と絶賛したべっ甲の扇型の帯留め=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA
24年秋の園遊会で華子さま(中央)がお召しであったのは、友禅で紅葉を染め上げ手刺繍が施された訪問着。「摺箔(すりはく)」の技による本金箔の斜め取りが、友禅を豪華に輝かせる=2024年10月30日、赤坂御苑、JMPA