当時の取材を振り返ると、私も迂闊だった。春の取材の過程で厚生労働省の障害者雇用の担当者に会い、民間企業の動向について話を聞いていた。行政組織も法定雇用率が0.2ポイント引き上げられるのだから、その対応ぶりも聞くべきだったのだが、「役所は当然、法定雇用率を守り、今回の引き上げも準備万端に違いない」と思い込んでいた。役所への潜在的な信頼感は少なからずあるものだが、それを信じ込んでいた不明を恥じる。
国や地方公共団体には民間企業よりも高い法定雇用率が課せられ、それを守っているという前提があるからこそ、役所には民間企業のように独立行政法人によるチェックもなく、ペナルティーもない。役所に対する性善説が前提になっている制度である。公文書の改竄もそうだが、障害者雇用の水増しは役所が法律を愚直に守り、執行している組織であるという性善説を蔑ろにしてしまった。
政府が8月末に発表した国の33行政機関の調査結果によると、厚労省、警察庁、金融庁、原子力規制委員会、海上保安庁、内閣法制局の6組織は水増しがなかった。所管の厚労省は当然として、厳しい規制を国民に課している組織などでは法律が守られていたことは朗報である。
一方、雇用率(33行政機関の平均は1.19%)のワースト5をみると、観光庁(0%)、個人情報保護委員会(0%)、消費者庁(0.12%)、内閣官房(0.31%)、公安調査庁(0.38%)だった。官邸機能を支える組織である内閣官房がワースト4である。
メディアの報道によると菅義偉官房長官は「障害のある方の雇用や活躍の場の拡大を民間に率先して進めていく立場としてあってはならないことと重く受け止めている」と8月末の記者会見で謝罪した。
しかし考えてみるとおかしな話である。障害者の雇用や活躍を促したい政権にとって、今年4月からの法定雇用率引き上げは重要な施策だったはずである。官邸を含む内閣官房にとって、雇用率引き上げにどう対応するかが何も議論されなかったということなのだろうか。「民間企業では大変らしいが、官邸はどうするのか?」という話題が出なかったとしたら、それはそれでおかしな話である。外交安保、国内政治で忙しく、障害者雇用について話し合う時間はなかったというのだろうか。