写真愛好家の撮影マナーが問われている。人物が被写体なら肖像権などを盾に撮影を拒むこともできるが、抗弁もせず、黙々と撮影愛好家を受け入れ、自分の身を汚し、時に命を絶つのが自然界の生き物である。アサヒカメラ特別編集『写真好きのための法律&マナー』では、自然写真の撮影について特集。山岳フォトグラファーの菊池哲男さんは、撮影地でのトラブル増は認識しているものの、「マナー違反をことさらにたたくことにも違和感を覚える」という。その真意とは。
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「僕、山中湖で『お前が富士山を撮るなんて100年早いわ』って怒鳴られたことがあるんです」
20代から山岳写真家として活躍し、「山と溪谷」や「岳人」といった専門誌の誌面を飾ってきた菊池哲男さんは、「富士山はトラウマ」と笑う。
「写真ツアーで山中湖に行った際、生徒が湖畔に立ててあった三脚にぶつかったんです。とっさにその三脚を持ち上げたら、持ち主に『俺が一生懸命決めた構図を動かした』と怒られたときのことです。富士山の撮影がいちばん怖いんじゃないですか」
数々の山を撮り続け、作品を発表してきた菊池さんだが、ジレンマを感じることもある。
「その場所を紹介することになるので、それがきっかけで人が集まり、地元の観光に少しでも貢献できればいいと思っています。その一方で自然が破壊されたり、そこに暮らす人の迷惑になったりするリスクもあるので、地元の人のためになるかどうかを考えてしまいますね」
菊池さん自身、デジタルカメラの普及や、団塊世代の写真愛好家の急増で、撮影地に人が集中し、トラブルが多発していることは承知しているが、ジレンマも感じている。
「人が増えればいろんなトラブルが起こります。でも、わざわざ遠くから車で来て、駐車場がいっぱいだったらあきらめて帰りますか? どこかに車を止めて写真を撮りたいと思いませんか? 花が満開のときは人が集中するから『二分咲きのよさもあるから、そこを狙おう』と言われても、やっぱり満開の瞬間を見たいと思いますよね。そうした“人間の性”を全否定するのは難しいと思うんです」