だからこそ、写真愛好家のマナー違反をことさらにたたくことにも違和感を覚える。

「山での一番の問題は“オーバーユース”です。かつて尾瀬のアヤメ平に大勢の人が訪れ、壊滅状態になってしまいました。復元に100年かかると言われており、今も木道を敷いて保護活動をしています。誰かに紹介されると人が増え、オーバーユースで荒れていく。ここに自然保護の難しさがあります」

 菊池さんが昨年、カナダのアシニボイン山にトレッキングに行ったときのこと。一行は登山道を外れ、一面の花畑を訪れた。

「ガイドが花畑を好きに歩いてもいいと言うんです。ただし、一列で同じ場所を歩いてはいけないとも言われました。1、2人が花畑を歩いたところで自然の回復力のほうが強いから大丈夫だ、と。大勢の人が同じ場所を歩くから自然の回復が間に合わないんです」

 それでは厳しい入山制限を設ければどうなのだろうか?

「海外では入山するのに数カ月前から予約が必要なところがあります。行きたいときに行けるほうが絶対にいいと思いますし、自然保護のためとはいえ、制限があると地元の観光収入が減り、生活が厳しくなるという側面もあります」

 人が足を踏み入れなければ、自然は手つかずのままで守られる。だが、菊池さんは「人が感受できなければ、そこは存在しないに等しいのではないか?」とも感じている。

 写真愛好家を含めた登山客がマナーを守り、自然を保護するにはどうすればいいのか? 菊池さんは「ゴミ持ち帰り運動」を例に挙げる。1970年代前半に尾瀬の自然破壊が発端となって起こった動きで、山で生じたゴミを持ち帰るというものだ。

「昔はマナーが良くて、今が悪くなったとは思いません。僕が山登りをするようになった70年代は山頂に空き缶が転がっているのが普通。でも、持ち帰り運動が定着して、今では本当にきれいになりました。それが当たり前になると、そこでゴミを捨てることが悪いように感じられ、捨てていかなくなります。写真撮影でもそうした人の心理をうまく利用して、マナーの定着や継承ができるようになったらと思うんです」

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