林真理子さん
林真理子さん
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 小説家、エッセイストとして、30年以上文壇の第一線に立ち続ける直木賞作家の林真理子。自著『西郷どん!』が、中園ミホの脚本でNHK大河ドラマになったり、日本経済新聞で連載中の『愉楽にて』が男女の情事を生々しく描き切って話題を呼んだりと、さまざまなジャンルでの活躍ぶりは、年齢を重ねた今でも衰えることを知らない。時代小説を書きながら、男女の濡れ場を表現する林の振り幅の広さにはいつもながら感心させられる。

 そんな林の『マイストーリー 私の物語』は、出版不況の昨今、秘かにブームとなりつつある自費出版がテーマだ。もともと何故高いお金を出して自分のことを語りたいのか不思議だった。しかし、自身の所に送られてきた自費出版の本を手に取ると、「初めて出した本に『第一作品集』というタイトルが入っていた。この自己顕示欲はすごい。こういう人たちの心理が知りたい」と思い、取材を始めたのだという。

 主人公は、自費出版専門の出版社『ユアーズ』の中年編集者・太田恭一。客のほとんどは高齢者で、数百万円という大金を払って自分の人生の記録を残す。そのサポートをしてきた太田の元に、ある日、芥川賞作家である漆多香子から母・エリナの自伝を出版してほしいという依頼が来る。娘よりいいものを書けると信じて疑わないエリナの原稿には、娘の担当編集者と性的関係を持ったことなどが赤裸々に描かれていた。出版後、同名の人気歌手がツイッターで取り上げたこともあり、増刷されるほど話題になる。エリナは、「80歳を過ぎて、本を出すチャンスが回ってきた時に思ったんです。もう私には先がない。綺麗ごとはいっさいやめて本当のことを書いてみようって」と語る。人生の終盤が近づいてくると、自分のありのままの姿を本に残しておきたいという欲求にかられる人は、案外多いのかもしれない。

『マイストーリー 私の物語』の帯に、「なぜ、ひとはこれほどまでに『私』を曝け出したいのか」とあるが、高齢者にとっては自己肯定の際たるものが自費出版なのかもしれない。自分の人生にふりかかってきた不幸な出来事も、失敗談も、それを乗り越えて来たことが、老い先短い今の自分にとっては自慢であるのだ。失恋や不倫、果ては情事にまつわる恥ずかし過ぎるシーンを赤裸々に語ることさえも、自慢話に変わってしまうということだ。

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