林の小説には、女のしたたかさや狡さを備えたキャラクターに加え、嫉妬や裏切りまでもが鮮やかに描かれることが多い。不思議な魅力の女が登場し、存分に周りを巻き込む。女性から見ると「この女は胡散臭い」とすぐにわかるのに、男性はその魔性的な魅力に抗えず、手を差し伸べてしまう。美貌という武器を持った女は強いと改めて納得させられる。

 同じ中年が主人公の作品でも、『愉楽にて』に登場する男たちは、太田とは別世界の人間だ。主人公の老舗製薬会社・副社長の久坂孝之をはじめ、友人の田口は老舗精糖会社の三男、山崎も実家は京都の老舗料亭と、いわゆる富裕層の男性たちである。

 たとえば久坂は創業家の長男として生まれるも、会社経営を弟に任せ、40代で既に若隠居。その際、父親から莫大な金額を譲り受け、加えて自社株の配当で年に億近い収入を得ている。ただし、本人は単なるバカ息子ではなく、京都大学史学科で日本中世史を専攻、アメリカ留学も経験したエリートで、語学も堪能という富豪なのだ。彼の友人たちも一様に使い切れないほどのカネを持っている。そんな今の大金持ちの生態を林は詳細に描いてもいる。

 ここで描かれるのは、甘い恋愛ドラマでもドロドロの不倫劇でもない。久坂は次々と女と関係を持ち、そのひと時を優雅に楽しんでいる。淡々と情事を繰り返す久坂には、太田のような一途さは微塵もない。女にとっても、久坂はアバンチュールの相手としては最高で、退屈な日常からのちょっとした逃避でもあるのだろう。

『愉楽にて』が、官能小説として多くのビジネスマンたちを惹きつける一方で、『マイストーリー 私の物語』には「平凡な人生などひとつもない。いろんな事情を抱えてみんな必死で生きている」という林の熱い思いが込められている。

 自分の人生など取るに足らないつまらないもの、という人でも『マイストーリー 私の人生』を読み終わると、誰にでも語ることのできるマイストーリーがあるのだということに気づかされるはずである。

 林の作品には、恋愛における男女の関係や、女の自意識の違いなど鋭い洞察力が存分に発揮されているものが多い。林の取材力や想像力、そして実体験に裏打ちされた真実を内包した作品だからこそ、どの年代にも魅了されるのだ。(ライター・大西展子)

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