さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第52回はバングラデシュ・ダッカのシャージャラル国際空港から。
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世界には鍛えられる空港というものがある。僕の場合は、バングラデシュのダッカ、シャージャラル国際空港である。
到着階は1階。そこにはかなりの数の人がうごめいている。出迎え客はターミナルのなかに入ることができるから、ここにいるのは、タクシードライバーと目的もなしに集まってきた人たちだ。空港を出て、タクシーに乗るということは、この人混みのなかに放り込まれることである。
オオカミの群れに入る羊のようなものなのだ。僕はここから、市内のバスターミナルに向かうことが多かった。バスはないので、タクシードライバーと交渉するしかない。
数十人のドライバーに囲まれる。バスターミナルの名前を告げる。ドライバーのリーダー格の男が、「500タカ」と居丈高な顔つきで切り出す。いまのレートで650円ぐらいだろうか。
そこから勝負がはじまる。
僕はそこで、「500タカ」と復唱する。高いとも、もっと値引いて、ともいわない。ただ黙っている。復唱した目的は、500タカという金額を理解している……とドライバーに伝えるためだ。
そこから不思議な沈黙が生まれる。ドライバーたちが、僕の腹を探りはじめるわけだ。そこでも僕は黙っている。しかし交渉の輪からは離れない。
ただ黙っている。
するとひとりのドライバーが声をあげる。「450タカで行く」
形勢はこちらに傾きはじめた。しかしここが踏ん張りどころ。つい口を開きたくなるが、それでも僕は黙っている。
はじめに500タカといわれたとき、現地の人なら200タカから250タカだろうな、という想像はつく。彼らはだいたい倍の金額を吹っかけてくることが多いからだ。しかし現地人価格で僕はタクシーに乗ることができないこともわかっている。外国人だからだ。300タカなら手を打っていいだろう……と考えている。