その年、甲斐と同期のドラフト1位は、習志野高・山下斐紹(現・楽天)。同じ高卒の捕手だった。大西は2人が一緒に練習している姿を見て、甲斐の送球に仰天したという。
「ホント、甲斐は投げるのが速かったんですよ。ビックリしましたね。『どっちがドラフト1位や?』って思いました。でも、僕の目も『プロ』でしたね。周りに、こっそり聞いても『甲斐の肩はいいね』『育てたらすごいかも』って言ってましたもん」
その強肩を生かすための“工夫”も、甲斐は決して怠らない。プロ入りして以来、甲斐が使用しているキャッチャーミットは、大阪市のメーカー「ハタケヤマ」製のもの。ミットのクオリティーには球界でも定評があり、ミット作り46年の畠山佳久社長が自ら和牛の革を使って、手作業でミットを作っていくこだわりぶりに元中日・谷繁ら、かつての名捕手や現役を含めて愛用者が多い、まさに“プロ捕手御用達”のミットだ。
甲斐が畠山社長に「同じにしてほしい」とモデルにしてもらったのが、西武・炭谷のミットだった。炭谷も強肩が売り。その武器を生かすために、コンマ数秒でも送球を速くしたい。そのための秘密があった。
炭谷モデルはミットの“ポケット”が浅いのだ。
現代の野球は変化球の種類も増えた。フォークやチェンジアップといった縦に落ちる球は、ワンバウンドの可能性も高い。たとえば、谷繁のミットは「大魔神」こと、佐々木主浩のフォークを確実に捕るために深いポケットだった。
畠山社長は、左手を大きく開いた「パー」のときが甲斐型で、指を曲げて、やや“つかみ気味”の形にしたものが谷繁型と、左手で表現してくれた。
「ちょっと深くなっていると、ワンバウンドとかでも、片手でもすっぽりと入るやろ? 浅い方だと、送球するとき、右手への移し替えのときに、ちょっとでも速くなる。でも浅いと、ワンバウンドを捕ったりするときには技術がいる。甲斐はそれを、うまいこと使いこなしている。彼は、肩が売りやからね」
持って生まれた強肩。それを生かす工夫。地道な努力が実り、育成からはい上がってブレークしたのはプロ7年目の昨季だった。1軍に定着すると、ベストナインとゴールデングラブ賞を初受賞。守りの要として、最高の栄誉も手にした。甲斐の躍進ぶりを、小川は“野球観の変化”という側面も踏まえた上でこう語ってくれた。
「昔はキャッチャーって言ったら、大きな人が多かったし、1人ええのが育ったら、10年や15年は捕手はいらんとか言われたこともあった。でも今は、投手によって捕手を代えたり、試合の後半で代えたり、分業になってきているのもある。そういう時代だから、甲斐のような存在も生きたと思うよ」
強肩という自らの特徴を生かし、プロの捕手として、その存在感をたっぷりと見せつけている。甲斐拓也は、肩でファンを魅了する。その体は小さくても、間違いなく「大砲」なのだ。(文・喜瀬雅則)
●プロフィール
喜瀬雅則
1967年、神戸生まれの神戸育ち。関西学院大卒。サンケイスポーツ~産経新聞で野球担当22年。その間、阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の担当を歴任。産経夕刊の連載「独立リーグの現状」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。2016年1月、独立L高知のユニークな球団戦略を描いた初著書「牛を飼う球団」(小学館)出版。産経新聞社退社後の2017年8月からフリーのスポーツライターとして野球取材をメーンに活動中。