そんな環境で失われるのが冷静な判断力である。1998年夏の宇部商(山口)と豊田大谷(東愛知)の試合は延長15回までもつれ込む大熱戦となったが、最後は宇部商の2年生エース藤田修平のサヨナラボークで試合終了という考えられない結末を迎えた。また、2014年夏の市和歌山(和歌山)と鹿屋中央(鹿児島)の試合では、同点で迎えた延長12回裏、ワンアウト一・三塁の場面でセカンドゴロを市和歌山の二塁手・山根翔希がホームではなく、一塁に送球してしまい、サヨナラで試合終了ということもあった。山根は試合後に「バウンドが変わってパニックになり、気づいたらファーストへ送球していた」と話している。どちらも普通では考えられないようなプレーではあるが、炎天下で延長戦を戦ってきた消耗によって、冷静な判断力を失っていたことが原因と言えるのではないだろうか。
最後に取り上げたいのが、大観衆による影響だ。高校野球の場合は、特定のチームのファンが観客の大半を占めるプロ野球とは異なり、アルプススタンド以外は試合そのものを楽しんでいる観客が大半。どちらが勝っても、負けてもいいと思っている人も少なくない。そのような観客が望んでいるのは、大逆転といったドラマチックな展開だ。また、日本では昔から「判官びいき」という言葉があるように、弱い立場や劣勢のチームを応援する気質がある。そんな観客の影響が、如実に表れたのが2007年夏の決勝戦だろう。
広陵(広島)は後にともにドラフト1位でプロ入りする野村祐輔(広島)と小林誠司(巨人)のバッテリーを中心とした超高校級のチーム。一方の佐賀北(佐賀)は、2回戦では延長再試合を制し、準々決勝でも帝京を延長13回で破るなど、劇的な勝ち方で決勝に駒を進めたチームだった。
試合は、戦前の予想通り8回表が終了して4-0と広陵がリード。野村は7回まで被安打1、10奪三振という完璧なピッチングを見せ、誰もが広陵の初優勝を疑わない展開だった。しかし、8回裏、ワンアウトからこの日初めての連打でチャンスを作ると球場の雰囲気は、佐賀北ムードに一変し、その後の逆転満塁ホームランに繋がったのだ。
2016年夏の八戸学院光星(青森)と東邦(愛知)の試合でも、9回裏に東邦が5点を奪い大逆転でサヨナラ勝ちをおさめたが、この試合でも球場全体が東邦を応援する独特の雰囲気に包まれていた。直接プレーには関係ないことではあるが、両チームに対する応援に、ここまで偏りがなければこのような大逆転は起こらなかったのではないだろうか。
また、当然のことではあるが、甲子園でプレーしている高校生は、プロ選手と比べると技術的にも精神的にも未熟である。そんな高校生があらゆる環境の変化に対応できず、信じられないようなドラマが起きることに観客は魅了されているとも言えるだろう。記念大会となる2018年。“甲子園の魔物”はどんなドラマを用意しているのだろうか。(文・西尾典文)
●プロフィール
西尾典文
1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。