「胆管炎で出ている熱だとすると『命がけのお熱』ということになります。そのリスクをお伝えした上で、ご希望でしたら……」と念を押されたが「やります」と応じた。

 前にも似たようなことを言われたことがあり、「ああ、命ね」と感度が鈍っているせいもある。

 だが経験上、主治医が本気で心配しているときはもう少し強いトーンで点滴見送りを促してくるものだ。だから、すぐ別の話題に移った時は安心した。本音は言葉づかいよりも、こうした態度に表れる。

 それよりも難しい判断を迫られたのは、夜に40.2度の熱が出てからだ。

 翌日の午前中に大学の先輩たちが見舞いに来ることになっている。さて、熱のことをいつ、どんなトーンで伝えるか。

 いま伝えれば「無理する必要はない。日を改めよう」と言われるだろう。だが、こちらとすれば、日にちを遅らせたら体調がよくなるという保証はない。30分で打ち切るにしても会えるうちに会っておきたい。だが体調がもっと悪くなったとき、連絡せずに引っ張って「お会いできません」と門前払いするわけにもいかない。短時間でも会えないか、翌朝の熱の下がり具合を見て考えることにしよう。

 解熱剤の効果もむなしく、9日朝も体温計は40度を示した。ここでまた、新たな問題が浮上した。病院への連絡をどうするかだ。病院との間では、38度台後半が2日続いたら連絡することになっている。

 しかし、土曜日であるこの日に入院しても、診察は週明けで、できるのは自宅と同じように解熱剤と抗生物質を飲むことだけだ。いたずらに入院期間を長引かせたくはない。それに、熱が上がってまだ12時間しかたっていない。「連絡しないでいいか」としきりに気にする配偶者に、夕方まで熱が下がらなければ電話しよう、と伝えた。

 けっきょく、連絡せずに済んだ。見舞いまであと1時間というところで激しくもどし、栓が抜けたように汗が出始めた。「もう大丈夫だ」と確信した。先輩たちが現れたときはまだ熱が高かった。だが熱のことを伝え、思い出話や病気のことを1時間ほど話している間に、すっかりよくなった。見送ってから体温を計ると、36.8度。1時間で3度も下がったのだ。「よかった」。配偶者が泣き笑いのような顔になった。

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