

「片足」のままステージで歌う、一人の少女がいた――。
【家族同士で旅行にも… 本当に仲良しだった唯さんと大橋さん】
木村唯さん。東京の老舗遊園地「浅草花やしき」で活動する、「花やしき少女歌劇団」の中心メンバーで、2015年10月14日に、18歳の若さでこの世を去った。
唯さんが右足の筋肉などに悪性腫瘍ができる小児がんを発症したのは、中学3年生(12年8月)のとき。抗がん剤治療を続けながら、翌年には右足の切断手術を受けた。亡くなる3カ月半前までステージの上で腕を使ってのびやかに踊り、透明感のある歌声を披露していた。
唯さんの生涯を追った『生きて、もっと歌いたい』(芳垣文子著)には、前向きに闘病しながら歌う唯さんの姿が、ファンや仲間だけでなく、たくさんの人々の心を明るく照らしていた様子がつぶさに描かれている。
本書にも登場する親友の一人、大橋妃菜(ひな)さんは、現在高校2年生。「歌劇団」のメンバーで、唯さんと「SUMMER!フラワー」というユニットも組んでおり、「姉妹同然」の仲だった。唯さんと一緒に作詞した「思い出の足跡」は、今月下旬から音楽配信されている。
唯さんが亡くなって二年。今回、妃菜さんに唯さんとの思い出を語ってもらった。
――唯さんと初めて会ったとき、どんな印象でしたか。
私が「歌劇団」に入団したのは小学2年生のとき。その時、唯ちゃんは小学5年生で、もう中心的メンバーでした。最初は緊張してよく話せませんでした。でも、しばらくしてお互いに家が近いことがわかって、だんだん仲が良くなっていきました。唯ちゃんが病気になって、脚を切断してからは、より仲良しになったと思います。
――唯さんががんを発症したとき、妃菜さんはまだ小学6年生だったそうですね。
最初は「足が痛い」と聞いていたので、ねんざ程度だと思っていたんです。ところが、歌劇団の先生やお母さんが「唯ちゃんにメッセージを書いてあげよう」と言うので、なんで?と思って……。あとから「がん」だと知りました。唯ちゃんから病気のことを直接聞いたことはほとんどありません。だから病状については詳しくはわかりませんでした。