今年のノーベル文学賞に選ばれたカズオ・イシグロは、音楽にまつわる小説も書いている。音楽ライターである大友博さんが語る、その魅力とは。
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昨年、ボブ・ディランに授与されたことをきっかけに、それまでは「すごい賞なのだろうな」といった程度にしか受け止めていなかったノーベル文学賞について少しばかり調べてみた。
伝えられるところによるとアルフレッド・ノーベルは文学にも強い関心を持っていたそうで、その彼が遺した「傑出した作品体系を築き上げた人に」という言葉をもとに創設されたのだという。たまたまほぼ全著作を読んでいた大江健三郎への授与(1994年)を振り返ってみて、「なるほど」と納得できた。もちろん、ほぼすべての曲を聴いていたディランに関しても。いわゆる若書きも含めて、長い時間をかけて自分だけの世界を築き上げてきた彼らの創作活動に、あらためて深い敬意を抱くようにもなった。
今年の受賞者カズオ・イシグロの本は、恥ずかしながら、まだ1冊しか読んでいない。2011年に取材で渡英した際に買った『ノクターンズ』だ。たしか「音楽と夕暮れをめぐる5つの物語」というサブタイトルに惹かれてのことだったと思う。
『インティマシー』や『ゲイブリエルズ・ギフト』などを読んでハニフ・クレイシのファンになっていたこともあり、アジア系英国人作家というフレーズにも興味を喚起された(ちなみに、パキスタン人を父に持つ彼はイシグロと同じ1954年生まれ)。
さて、ノーベル文学賞とは前述のような意味を持つ賞であり、カズオ・イシグロの受賞に関して1冊しか読んでいない段階でなにかを書くことは失礼かもしれない。しかも門外漢であり、僭越至極という感じだが、しかしここでどうしても、その1冊、『ノクターンズ』について、僕なりの視点で紹介しておきたい。音楽との向きあい方、音楽的要素の使い方などに関して、これまでに読んできたどの本とも異なる(たいした読書量ではないが)、独特なものを感じたからだ。