当時の映画界は大映の倒産、日活のロマンポルノへの路線変更、黒澤明監督の自殺未遂事件などの暗い出来事が相次いだ。それは隆盛期を迎えようとしていたテレビ界と凋落する映画界の攻守立場が入れ替わった瞬間で、「盛者必衰の理」でもあった。
「確かに黒澤監督も僕の師である小林正樹監督も映画が撮りにくくなっていた時代でしたね。だからというわけではありませんが、『新・平家物語』が大河10作目という事でスケールの大きいものにしたい、というNHKの意欲には惹かれるものがありました。これは半ば冗談ですが、僕の母親というのは天衣無縫の人で、友達から『あんたの息子さん、最近、見かけないね』といわれたのが口惜しくてどうしてもテレビに出てくれ頻繁に言っていたのです。母の知人たちはテレビに出ていることだけを人気のバロメーターにしている人たちだったんですね。母親ももう高齢でもあるのでこのへんで親孝行するのもいいかな、という気持ちになったことを覚えています」
演じていくに従って、背景になっている「平安時代」についても考えるようになる。
「最初は平安時代は遠すぎると思っていたのですが、実際に演じてみるとまるで違いました。人間的には江戸時代よりも近いような気がしてきたのです。ひとりひとりがロマンティックで、それでいてバイタリティに溢れている。登場人物にも時代背景にも共感をもって演じた記憶があります」
そんな仲代さんの、役に対する強い意欲が表れたのが、出家した清盛を演じるにあたっての「断髪」だ。通常なら他の仕事のことも考えてカツラですませるのだが、仲代さんは髪を切って剃り上げの坊主頭にした。
「最初はカツラでということだったのですが、どうも首のうしろがしわになって見苦しいんですね。それならいっそのこと丸坊主のほうがスッキリしているというので剃髪にしました。ところがそのあとがやっかいでした。収録日には必ず理髪店に行って剃髪する。そしてメイク室では青い肌の生々しさを消すために、またハレーションを起こさせないようにとドーランを塗ってパウダーで仕上げる。これがカツラをつけるより時間がかかるんですよ」