世界のアスリートたちによって、多くの感動がもたらされたロンドンオリンピック。普段はテレビを見ないという生物学者の池田清彦氏もそのニュースは耳にし、興奮したという。池田氏は運動能力に遺伝子タイプが関係していることを挙げ、それらを操作して作られた「遺伝子改造人間」によるオリンピック開催も将来的にはあるのでは、と想像する。

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 ボルトがオリンピック連続二冠なんてニュースを聞くと、小学六年生の時に、全校で二番目に走るのが速かった身としては、ちょっとは興奮する。走力にも遺伝子が関係しているようで、速筋の形成に関わる「ACTN3」と呼ばれる遺伝子のタイプがRRかRX型でないと、トップアスリートにはなれないらしい。日本人に比較的多いXX型の人は残念ながら努力をしてもムダみたい。

 もっともRRやRX型でありさえすれば、速く走れるわけではないようで、さらに沢山の遺伝子が関与しているに違いなく、最適な遺伝的組み合わせの人が、適切な訓練をしてはじめてオリンピック選手になれるのだろう。そのうち、子供たちの遺伝子検査をして、最適に近い遺伝的組み合わせの子を選抜して、オリンピック選手を養成する国が現れるだろう。さらに科学が進むと「走り」の遺伝子を導入して最速のアスリートを作ろうとする科学者が現れるかもしれない。

 もちろん、オリンピック憲章に違反するとして、遺伝子改造人間の出場は認められないだろうが、この人がとてつもない記録を出せば、健康に重大な被害がない限り、オリンピックに出場できなくとも後に続く人が沢山現れるに違いない。この人たちは自分たちで競技団体を作り、遺伝子改造人間オリンピックを開催するに違いなく、記録が圧倒的にすごければ、本家のオリンピックには閑古鳥が鳴くようになるだろう。金儲けができなくなった本家のオリンピックも仕方なく、改造人間を受け容れるように憲章を変えるかもね。倫理は技術を変えないが、技術は倫理を変えるのだ。大衆民主主義と資本主義が続く限り、これはほぼ不滅のテーゼだと言ってよい。

※週刊朝日 2012年9月7日号