言うまでもありませんが、世の母親は、旅行中、ついついとんでもないセンスのTシャツを息子に買ってきます。そんなTシャツの一つが「マチュピチュTシャツ」です。着ようとするだけで、若者の指を震えさせる一品です。
しかし、「こんなもの!」とTシャツを捨てるのではなく「むしろ着るのです」(勝山)と。それは多少の自尊心と引き換えに、まんざらでもない母の喜びを引き出します。
「働いて仕送りをしている息子よりも、働かなくてもママンが買ってきたご当地Tシャツを着るひきこもり息子のほうが断然親孝行なのは言うまでもありません」(勝山)
ダディーとママンと息子、「家庭内三国志」はママンとの同盟から始めよう。そんな名人からの問いかけに、われわれ当事者・経験者は膝を打ちました。
■なぜ名人は我々の心を打つのか
勝山は長くひきこもってきた時間や、それをマイナスだと思っていた自分の経験を「ひきこもり貯金」と呼び、プラスに位置付けてきました。ひきこもりである自分を「ひきこもり名人」とあえて呼ぶのもその一つ。その転換は、目の前の“地獄絵図”を何とか切り抜ける力を生み出します。
不安定な雇用環境、際限のない受験戦争、いつでも読まなければいけない教室の空気。「勝ち組」にはなれないけれども、せめて「負け組」にはならないため、必死にみんながんばっています。そんななか、勝山実の訴える「生きる知恵」は、すべてのひとに訴えるものがあると私は思っています。
これは、現代に生きる人たちを救う「生存戦略」なのです。
※勝山実にご興味ある方は著作『バラ色のひきこもり』(刊・金曜日)、『安心ひきこもりライフ』(太田出版)をご覧ください
(文/石井志昂)