2月25日の小倉競馬第8レース終了直後のことだった。中央競馬では1勝クラスによって争われる500万下という、未勝利を除けば最下級の条件戦にスタンドが湧き上がった。勝者として引き揚げてきた4歳馬リルティングインクの背には藤田菜七子騎手の姿。クリスマスイブの中山競馬場で手にして以来、2カ月ぶりの勝利に菜七子スマイルが弾けた。
ちょうど1年前の今ごろ、中央競馬は16年ぶり7人目となる女性騎手デビューの話題で持ちきりだった。中央競馬の世界において2月は人事の季節。引退を決めた騎手や調教師は月末の日曜日をもって現役に別れを告げるのが慣例となっている。そして翌週、つまり3月からは新たな騎手や調教師がデビューを迎える。
16年ぶりの女性騎手デビューという事実からも判る通り、競馬の世界は男社会で通っている。男女平等の時代にあって遅れているとの見方もあるだろうが、競馬の主役はあくまで馬。正真正銘の1馬力と日々向き合う過酷で危険な環境においては、男性が労働の中心的役割を担うのも半ば当然といえよう。そんな馬が主役の男社会にあって、馬とともに命懸けで戦う騎手は人間側の花形ポジション。久々に誕生した女性ジョッキーが注目を集めるのは自然の成り行きというものだ。
藤田騎手は中央競馬の騎手でありながら、初騎乗は地方競馬の川崎競馬場で迎えた。騎乗馬さえ確保できれば、新人騎手は3月第1週の中央競馬でデビューすることになり、昨年なら3月5日ないし6日が該当していた。しかし、藤田騎手が師事する根本康広調教師の粋な計らいもあり、ひな祭りの3月3日が初陣となったのだった。
当日は6鞍もの騎乗機会を用意してもらった藤田騎手だが、残念ながらデビュー初日は勝利ならず。2着と3着が1回ずつあり、実力の片鱗を示すことはできたものの、成果をあげるには至らなかった。しかし、注目度の高さは数字となって顕著に表れ、平日(木曜日)のレースだったにもかかわらず、来場者数は7,214人と前開催の木曜日(1月28日=3,367人)の2倍超え。売り上げに至っては10億6,654万4,380円と、主催者が掲げた目標を2億円余りも上回った。前日の3月2日には重賞のエンプレス杯が行われて武豊騎手も騎乗したが、その比較でも来場者数は1,000人ほど多かったのである。