1月8日にスタートしたNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、時代考証の担当者泣かせであるらしい。理由は、女優の柴咲コウ演じる井伊直虎に関する史料が少ないから。直虎は戦国時代に遠江国(静岡県西部)井伊谷(いいのや)の領主だったが、本人に関する史料は8点しか残っていない。同時代を扱った大河ドラマの時代考証で知られ、「直虎」も担当する静岡大名誉教授の小和田哲男氏に苦心のほどを聞いてみた。
大河ドラマの時代考証とは、どんなタイミングで、何をチェックするのか? 当然、脚本家は担当者の著書などを含め、さまざまな文献を読み込んでシナリオを書く。小和田氏によると、上がってきたシナリオを読み、セリフやト書きに誤りがないかや、描かれている状況に史実との矛盾がないかなどを検証するのが主な役割だという。
例えば「直虎」の初回では当初、井伊家重臣・井伊直満のセリフで武田氏に関するくだりがあった。小和田氏が「この時期に武田軍はまだ、井伊家の領地がある遠江国には侵攻していない」と指摘したところ、「武田氏」は「北条氏」に改められた。
史料が少なく、小和田氏が判断に苦しむケースも少なくないため、「直虎」では戦国史研究者の大石泰史氏との二人体制で時代考証に当たっている。
「今回は(担当者が)1人では心配だった。大石先生は今川氏の研究業績がある同じ分野の後輩。別々にシナリオを読んで疑問を出し合う。一つのシーンでいろんな考え方ができることも少なくない」と小和田氏。すっと読める回もあれば、疑問点が次々と現れ、2人で論議を重ねる回もある。小和田氏は、大河ドラマを制作するうえで史料が少ない点について「マイナス要因ばかりではない」と強調する。史料だけでなく、原作もない「直虎」は脚本家の腕の見せどころが随所にあり、登場人物や事象に対する脚本家の解釈に感心させられることが多いそうだ。
直虎の生涯でポイントとなるのは婚約者だった亀之丞(井伊直親)が行方不明になった際になぜ出家したか、さらには亀之丞が戻ってきたタイミングで還俗し、結婚できる可能性もあったのに、なぜしなかったかという点である。ドラマでも二つの決断を巡る描写がストーリーのヤマ場となろう。小和田氏はこれらが描かれた回をすでに読み終えている。
「大きな決断を下した直虎の心境について書かれた史料はないが、脚本家の森下佳子氏は主人公の心の葛藤を視聴者が納得できるように書いている」(小和田氏)
地方の「おんな城主」を主人公に選んだ時点で、史料が少ないことは覚悟せざるを得なかった。著名な武将でなく、男性でもない視点を大河ドラマに求めたということであり、新しい目線で戦国時代を見る点で「直虎」を主人公に据えたことは価値がある。
ところで、史料がたくさんあれば時代考証担当者は楽なのか? そうとも言えないらしい。小和田氏が過去に手掛けた作品について振り返っていただいた。