炎を連想させる青白い光に彩られたセンターコートに、鼓動を刻むかのような効果音が鳴り響き、白いスモークに覆われた入場口の奥から、深紅のウェアに身を包んだ錦織圭が姿を現す――。
「心を燃やすためにも、赤を着ようと思ったので」
試合後の彼はリップサービスを交えそう言ったが、コートへと進む引き締まった表情は正に、静かながら熱く燃える想いを内に秘めているようだった。
「今日はコートで居心地の良さを感じていた。立ち上がりから良いプレーが出来て、自信も深まっていった」
2016年シーズンの掉尾を飾る、ATPツアーファイナルズの初戦。世界ランキング3位のスタン・ワウリンカ相手に、錦織はまるで相手を飲み込むかのように打ち合いを、そして試合そのものを支配し6-2、6-3の勝利をつかみ取った。
「(色んな球種を)混ぜていこうとは思っていました。高いボールだったり、前に出たり。出だしからアグレッシブなプレーを心掛けていました」
完璧とも言える一戦を、錦織はそう振り返る。それは数日前から思い描いていた、“対ワウリンカ戦”のプランでもあった。リターンをスライスで打つことが多いワウリンカ相手には、サーブ&ボレーが効果的であろうことも織り込み済み。直近のパリ・マスターズは3回戦で敗れた錦織だが、今大会に万全の準備で挑むにあたっては、それもプラスに作用した。
「練習を多めにやっていたし、特にこの2~3日はやっとテニスが良くなってきていたのを感じていた」と言う彼は、まるでベースラインのすぐ背後に壁があるかのように下がることなく、ボールの跳ね際を巧みにさばき攻めていく。特にフォアの打球が鋭く、クロスの打ち合いで相手を十分に押し下げてから、ストレートに叩き込みウィナーを次々に奪った。あるいはワウリンカのバックサイドに高く弾むボールを集め、相手が警戒し始めたところで、フォアの強打でコートを斜めに切り裂いていく。
ただそのような錦織のプレーを、ワウリンカは「想定内」だったと言った。