「圭は自分のプレーに徹し、いつも自分に対して行うゲームプランを取ってきた。つまりは攻撃的姿勢を貫き、速い展開で攻めることだ」
ただし、ワウリンカにとって想定外があったとすれば、それは錦織がプレーの質を、最後まで全く落とすことがなかった点だろう。第1セットを相手のミスにも乗じてわずか29分で奪った錦織は、第2セットも立ちあがりから集中していた。対するワウリンカもサービスの確率を上げ、勝機を見いだすべく、ラリー戦にも持ち込んでくる。だが長い打ち合いではむしろ、ロブやドロップショットを織り交ぜながら、コート上の空間を三次元に広く支配する錦織に分があった。そのことを象徴するのが、デュースに持ち込まれながらもキープに成功した、第4ゲームでの攻防。長いラリー交換の後にワウリンカは自慢のバックをダウンザラインに叩き込むが、錦織が軽く右腕を振り抜くと、順回転の掛かったボールは緩やかな弧を描きながら、測ったかのように相手コートのコーナーぎりぎりを捕らえる――。
この一撃で勢いに乗った錦織が続くゲームをブレークした時点で、試合の行方は実質的に決した。
「彼は、2セットで僕を破るに十分なほどに良いプレーをしていた」
ことさら悔いの情を示すことなく、ワウリンカが敗戦を受け入れる。
「体力的にもメンタル的にも、凄くフレッシュで挑めた」と言う錦織は、「この大事な1回戦でも凄く集中し、気持ちをクリアにして挑めた」と、静かな口調に確固たる自信を滲ませた。
錦織のツアーファイナルズ初戦勝利は、初出場だった2年前の大会以来のこと。その時はグループリーグを突破し、準決勝へと勝ち進んだ。
もちろん初戦の勝利そのものが、何かを保証してくれる訳ではない。ただ錦織のプレーの質が、そして高い集中力が、今後の展望に光を当てる。
「(初戦の勝利に)特に驚きはない。自分が良いプレーをしていたのでそれが一番大事だし、次につながる良いプレーだった」
2年ぶりの準決勝進出に向け、大きく道が開けたことは確かだ。(文・内田暁)