ミュージシャン、ラジオパーソナリティー、写真家、俳優……。多方面で活躍する福山雅治だが、売れない時代もあったという。『アエラスタイルマガジン 32号』(朝日新聞出版)のインタビューで、デビュー当時を振り返っている。その一部を紹介する。
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実は、福山自身、1990年に『追憶の雨の中』でシンガーソングライターとしてデビューしてすぐ、「数字」の壁にぶつかっている。決して長くはないものの、やはり売れない時代はあったのだ。
「デビューして1~2年は売れなかったですねぇ……。なぜCDが売れないんだ?という会議を、僕を交えてレコード会社のディレクター、マネージャー、アドバイザーとみんなで顔を突き合わせてやるわけです。だけど、売れてないアーティストと売れてないチームが会議をやっても、いいアイディアが出るわけでもなく(笑)。そこでの結論は、『やっぱり、福山の楽曲も歌もよくない。本人がもっと頑張るべきだ!』と。僕がものすごく吊し上げられるわけです(笑)。でも、売れてないから何を言われても、『そうすか、頑張ります』としか言えない。悔しいのを通り越して、もう自分のこともスタッフのことも憎たらしくなってくるわけです(笑)。そのときに、とにかくこれは一度売れないと自分が選んだこの生き方と職業は続けられないな、と痛感したんです。そりゃそうですよね、ビジネスとして成立してない人間に制作費を出しつづける人なんていないわけですから」
しかし一方で、福山には現実も見えていた。当時売れていた他のソロアーティストのアルバムと自分のアルバムを聴き比べてみると、明らかに他のアーティストのほうが「キラキラしていた」のだ。売れる売れないは、聴き比べてみれば明白だった。
デビューから2年がすぎたころ、そんな福山にチャンスが巡ってくる。緒形拳が主演したドラマ『愛はどうだ』(TBS系)への出演とともに、挿入歌の制作をもちかけられたのだ。そのときつくったのが5枚目のシングル『Good night』だった。求められたのは「ラブソング」だった。