この7月に『コンビニ人間』(文藝春秋)で第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香。受賞作の主人公は幼い頃から周囲と自分の価値観にズレを感じており、コンビニのバイトを始めてようやく心の安寧を得、以降18年間<コンビニ店員>というアイデンティティを拠り所にして生きてきた女性。彼女の日常が、新人バイトによって乱されていく顛末がユーモラスに描かれる。
受賞会見では著者自身が長年にわたりコンビニでアルバイトしていることが注目された。「コンビニは、私にとっての聖域なので小説にすることはないと思っていました」と語っていた通り、普段はあまり自分の日常を題材にして書く作家ではない。ただ、過去に一作、彼女が自分にとって身近な場所を舞台にした小説がある。三島由紀夫賞受賞作の『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版)である。
舞台は名前を変えてあるものの、著者が幼稚園から中学校3年生の頃まで住んでいた開発途中のニュータウン。コンビニを<聖域>と言ったのとは対照的に、この街についてはかつて「漠然と嫌いだったんです」と語っていた。確かに本作は生まれたばかりの人工的な街の閉塞感が漂う内容となっているが、自身が小中学生の頃に感じたことがベースにあるだけに、時にぶっ飛んだ展開を迎える村田作品のなかでは、非常に親しみやすい、リアリスティックな成長小説になっている。
描かれるのはふたつの時期で、前半は主人公の少女・結佳の小学4年生から5年生にかけて、後半は中学2年生の夏からの話だ。結佳が小学生の頃は街の開発が進んでいるが、中学生になる頃には予算が足りなくなったようで工事はストップし、その後また再開されることになる。実は街の発展と結佳の精神的な成長の流れが重なっている。
小学4年生の頃の結佳には2人の友達がいる。周りの女子生徒からも人気の可愛い若葉ちゃんと、幼さの残る信子ちゃんだ。だが、中学2年生になった時、教室内にはヒエラルキーが生まれており、若葉ちゃんは一番上の目立つ集団に属し、信子ちゃんは一番下の地味なグループ、そして結佳は下から二番目の仲間たちと一緒に悪目立ちしないように振る舞っている。無邪気でわけ隔てのなかった子どもたちが、思春期に入り自意識が芽生えてくるにつれ、教室内は階層化され重苦しい空気が漂っていくというわけだ。
ただ、結佳は自分の立ち位置の低さに屈服しているわけではなく、粋がって格好つけている男の子を内心軽蔑するなど、周囲を冷静に見つめ<観察する私>に徹している。それが彼女なりの自尊心を保つための手段なのだ。